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Bernadette
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 あなたはずっと少女のままでいてね。母の言葉が頭の中で響く。
 まるで呪いのようにわたしの頭に、耳に、体に染みついた言葉は鎖か何かのようにこの手を縛り付けてくる。わたしはそれを振り切って穴を掘る。さして広くもない庭に、深い深い穴を掘る。小さな、玩具みたいなスコップは軽いはずなのに重い。鮮やかに芽吹き始めた草を踏みにじり、指先で残酷にむしり、少しずつ土を削り、側に盛る。
 あなたはずっと少女のままでいてね。スコップで地面を穿つたびに母の声はわたしの中で再生されて、そのたびに締め付けが酷くなる。体が上手く動かない。半開きの唇から涎がつう、と落ちて土に丸く模様を描く。糸を引いたそれは落ちきるとぷつんと音も立てずに途切れ、冷えた外気に晒され生温さを奪われていく。
 決して寒いはずではないのだ。日々落ちるのが遅くなる太陽は今、わたしのちょうど頭上で燦々と輝き眩しい金色を地面に放つ。遠いアスファルトが陽炎をたちのぼらせ、道端のつぼみは今か今かと花咲く時を待つ。

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 昼をだいぶ過ぎた頃起き出した浅葱が、店を開いたのは夕方になってからだった。
 店の奥で、昨日帰りがてら洋裁屋から買って来たレースを広げていると、からからと戸が開く音がした。
「あさぎさん?」
 聞き慣れた女の声だ。それに二つ返事で、暖簾を押しのけ店に顔を出す。戸を閉めて所在なさげに立ち尽くしていたのは、黒い布で口元を隠した女だった。宵待衆唯一の女性は、その手に黒い羽織を抱えていた。
「おや、千早さん。どうかしましたか」
「ああ、うん、あのね」
 困ったように眉尻を下げながら、千早は頬を掻いた。言いにくそうな表情をしていたが、彼女が浅葱の店に顔を出す、その意味は浅葱はよく分かっている。洋装を好む彼女が和服の仕立屋にやってくるということはすなわち、その手に抱えた羽織に何かしでかしてしまった時なのだ。
 浅葱は軽く溜息をつき、わざと明るい調子で言葉を投げかけた。
「別に、怒ろうってんじゃないんですから。これも仕事です、見せて下さいな」
 目を合わせようとしない女性の前に手を差し出せば、観念したように彼女の手から羽織が渡される。そのほっそりとした手首に包帯が巻かれているのを見て、もしや何か厄介事にでも巻き込まれたのではないか、と表情を窺った。だが千早は浅葱と目が合うと、叱られた子供のようにしゅんとした様子でうなだれた。決して幼くないはずなのだが、どうにも千早は子供らしいところが未だに残っている。
 慎重に羽織を広げると、予想通り、袖が酷く破れていた。枝や鋭い物に引っかけたまま強い力を加えたような破れ方だ。


「筆頭にこっぴどく叱られた。羽織は大事にしろって」
 長く伸びた髪を梳く。鼈甲の櫛は少女の黒髪に、絡むことなく滑っていく。よく手入れされた黒髪は艶めき、降り続く雨のせいだろうか、いつもよりも光を吸い込んで輝いているようにも見えた。
 窓の外で降っているのは細い雨だ。霧と見紛う白い雨と鈍い色の空が重い。それとは対照的に地面から生えた草の緑は生き生きとしていた。恵みの雨だ。静かな雨音は家の中によく響く。濡れた空気が肌を撫で、家の隅から隅へと満ち渡る。それは書を愛するシラヌイにはひどく憂鬱なものではあったが、目の前に座る少女を見ると不思議とそんな気分も消えていった。
 また一房手にとって梳いていると、少女がそわそわした様子で振り向いた。愛らしい少女は微妙に色の違う両目を瞬かせ、何か言いたげにシラヌイを見ていた。声を忘れた子供の純粋な目に、シラヌイは苦笑して返す。
「まだですよ。もう少し、待ってあげましょう」
 大きく頷いた少女はまたさっきと同じように正面を向き、黙ってシラヌイに髪を梳かれる。苦笑したままシラヌイは櫛を置き、用意していた化粧箱を開けた。古めかしいが作りの良い簪や髪飾りが入った箱の中から紐を取り出し、櫛を入れてまた箱を閉める。相変わらず落ち着きがない様子の少女の頭をそっと押さえると、彼女の背中から生えた白い片翼が軽い音をたてて震えた。
「ほら、正面を向いて」
 また頷いた比翼鳥の髪を一つに束ねると、シラヌイは慣れた調子でそれを整えた。手を動かすたび持ったままの紐が揺れる。黒髪に映えるだろうと選んだ赤色の紐は、両端に玉が通され、時々ぶつかっては澄んだ音を立てた。それが気になるのか、比翼鳥は小さな手で自分の首の後ろに手をやったが、シラヌイの髪結いの邪魔になると気付いたのかそっと手を元に戻した。
 整えた髪を片手で押さえながら、シラヌイはふむ、と小さく呟く。
「やはり、高い位置で結った方がかわいいですよね」
「……」
「引っ張られてちょっと痛いかもしれませんが、我慢してくださいね」
 答えはないがいつものことだ。優しく声を掛けると、比翼鳥は首をわずかに傾げた後、小さく縦に首を振った。それを確認し、シラヌイは髪の毛を持ち上げるように頭の上部へあげ手櫛で梳き直す。軽く力を込めて引っ張ると、軽い体が傾いて翼がシラヌイの腹に当たった。暖かな翼はくすぐったい。細い肩を前に押し、動かないようにする。比翼鳥は大きな目をぱちぱちとさせ、自分の後ろでなされている作業に黙って従っていた。
 結ぶ位置を決めた後は簡単だ。束ねた髪を崩さないように紐で慎重に固定し、手早く蝶々結びにする。長さを調整し、最後にまた手櫛で髪の毛を梳く。揺れた紐がぶつかり合うと美しい音がした。
「はい、完成です」
「……」
「お疲れさまでした。鏡をどうぞ」
 おそるおそる振り返った比翼鳥に、シラヌイは手鏡を差し出した。鏡の中の自分を見た少女は、慣れない様子で結われた髪に触れ、赤い紐をいじり、恥ずかしげに、しかし嬉しそうな顔をした。どうやらシラヌイの髪結いはお気に召したらしい。
 上機嫌な少女に小さな満足を覚えながら、化粧箱を片付けシラヌイは時計を見た。比翼鳥を預けた永世が出て行って一時間が経つ。そろそろだろうか、と考えたところで玄関の戸が開く音がした。
 まっさきに反応したのは比翼鳥で、慌てた様子で立ち上がろうとして蹴躓く。弱い足でいきなり立ち上がるのは無理があったようだ。床に激突する前にその体を支えて抱き上げると、焦った様子で比翼鳥は両腕をぱたぱた動かした。まるで飛ぼうとしているようだ、と思いつつ、シラヌイはわざとのんびりとした口調で言う。
「慌てなくても、永世は逃げませんよ」
 それでも彼女は行きたいらしい。必死な様子の比翼鳥にやれやれ、とシラヌイはため息をつき、抱えたまま居間から出る。玄関では珍しくフードではない、黒いジャケットを羽織った永世が靴を脱ごうと屈んでいた。
「おかえりなさい」
 丸まった背中に声を掛けると、永世が一瞬虚を突かれたように目を見張らせた。紫がかった目は白い睫と相まってまるで何かの宝石のようだ。何かおかしかったのかと考えたが、永世は照れくさそうに頬を掻き、視線を足下に落として答える。
「ただいま。……不思議な気分だ、おかえりって言われるの。おれの家じゃないけど」
「気にしませんよ、そんなこと」
 大人二人の会話をよそに、比翼鳥は永世に向かって手を伸ばす。永世は靴を脱ぐと、シラヌイの腕から彼女をそっと受け取った。片翼が嬉しげに羽音をたてる。
「お、髪結ってもらったのか。良かったな」
「……」
「うん、似合ってる」
 親子にも兄妹にも見えない二人を横目に、シラヌイは足下の買い物袋を両手に台所へ運んだ。買い物袋の中に入っていたのはシラヌイには見慣れない食材ばかりだ。永世のことだ、洋食を作るのだろう。これらの食材から一体何ができるのだろうかと首を傾げていると、永世の腕から降りた比翼鳥が片足を引きずるようにシラヌイへ寄ってきた。
 慣れない義足と歩行に気難しげな表情を見せた少女は、しかし腰を折ったシラヌイの袖を掴むと、照れくさそうに俯いた。何か言いたいらしい、シラヌイと目が合うと、言葉を発さない唇を一文字ずつ、丁寧に動かした。薄桃色の唇が五文字の言葉を声なく発する。
 曰く、ありがとう。
「……どういたしまして」
 結った髪を崩さないように頭をそっと撫でると、比翼鳥の片割れはその幼い手をシラヌイの手に重ねた。後ろから上着を脱いだ永世が台所に入ってくる。料理を始めるつもりなのか、袖を捲っていた。
「ちゃんとお礼言えた?」
「……」
「なら良かった。次からはきちんと言うんだぞ」
 何故こんなことを、と嘆く女性の涙の美しさが目から離れない。
「貴方、好きだったと言っていたじゃありませんか」
 彼女が泣いているのは、私が彼女に摘むように頼んだ花をめちゃくちゃにしてしまったからだろう。つぶれて元の形も分からなくなった花を手に女性は泣く。私はその人の目から溢れる涙の美しさにただ見とれる。
「何故、こんなことを」
 もう一度同じ事を繰り返した女性の目元に唇を寄せ、涙を浚う。
 嗚呼確かに愚かなことだろう。人の好意を踏みにじる私は最低な男だ。
 だがしかし、思うのだ。私はこの花を嫌ってなどいない。好きだったのだろう。だがそれはきっと偽物だ。なぜならばこの花を好いたのはこの人の手にあったからだ。あの日、あの時、この人がこの花を持っていなければ私は一生、この花を愛することはなかっただろう。
 そして愛する人が手に入った今、この花を愛する必要もないのだ。
「泣かないでくれ」
 嗚咽を漏らす愛しい人よ。貴方がここにいるのならば、私にこの花はもう、必要ないのだ!
 永世が大食いなのは、自分の体を維持させるためだ。定期的に花を咲かせ吐き出す体質の永世は、花が咲くたびに体が削られていく。丸々と太る気で食べなければ、花を咲かせる時に体が保たない。
 それに対してシラヌイは、永世のような事情があるわけではないが健啖家だ。おかげで二人がそろって食事をとる時は、たいてい四人分以上用意する羽目になる。
 そのことを正しく理解しておきながら、わざわざ準備が面倒な料理を振る舞うつもりになってしまった自分を、永世は呪いたくなる。片手には比翼鳥の少女を、片手には大量の野菜や卵、そしてパンを、それぞれ抱えてシラヌイの店に入った。カウンターにいたシラヌイは、永世を見て慌てて荷物を持ってくれた。荷物を持つ永世がよっぽど頼りなく見えたらしい。
「別に、これぐらいじゃ倒れない」
「そうは言ってもあなた、そんなに丈夫じゃないでしょう」
「昔は丈夫だったよ」
「昔は、でしょう」
 呆れたように言いながら、シラヌイは荷物を奥に運ぶ。中身をのぞきこんだ彼は不思議そうに首を傾げていた。永世が頭にしがみつく比翼鳥を撫でると、彼女はくすくすと笑う。
「今日は俺の番だから。サンドイッチでも作ろうかと」
「?」
「サンドイッチ。洋食」
「さんどいっち」
「うん」
 和食の彼には聞き慣れない単語だろう。

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