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Bernadette
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 退屈なら死んでも良いというのが綺堂の口癖だ。
「やることないなあ」
 その綺堂は今、黒崎の目の前でアップルパイを解体していた。フォーク一本で器用にパイ生地をどんどんとはがしていくのは見物だったが、しかし褒められた行為ではない。甘い色のリンゴが現れたところで、黒崎はそのリンゴが解体の憂き目に遭う前に自分のフォークで突き刺した。憮然とした表情になった綺堂を無視して口に放る。
「ひどい、私の」
「知ってる」
 仕返しとばかりに、綺堂のフォークが黒崎のガトーショコラに伸びてきた。解体、あるいは突き刺される前に皿を持ち上げ救出する。綺堂の期限が目に見えて悪くなった。
 平日の午後、ランチタイムを過ぎた喫茶店にはどことなくけだるげな空気が漂っていた。店内に流れるフレンチポップの甘さが、更にそうさせているのかもしれない。談笑よりも本や新聞をめくる音の方が耳によく届いた。カウンターの向こうにいるはずの店員は、今は奥に行ってしまったようで姿が見えなかった。
 黒崎への反撃を諦めたのか、綺堂は不機嫌そうなままフォークを置いた。
「ねえクロちゃん、私、暇なんだけど」
「俺はそうでもない」
「そればっかり!」
「だって俺、暇なの好きだし。忙しいのやだ」
「忙しい方が良いじゃない、だって、暇だと死んじゃいそう」
「暇で死んだ人はきっといないよ」
「絶対いる」
「いないって」
 意味のない言い争いを続けながら冷めかけたコーヒーを口にする。シュガースティック半分の砂糖が入ったコーヒーは、まだ苦いとしか感じられない。
 向かい側に座る綺堂は、自分のアイスティーにシロップとミルクをどちらも二個ずつ入れていた。甘過ぎじゃないかと思ったが、彼女はそれでちょうど良いらしかった。
 黒崎の視線に気づいた綺堂が、ようやくいつもの表情に戻った。その目には、無邪気ないたずらっ子の笑みが浮かんでいた。
「無理しないで、砂糖全部入れちゃえば良いじゃない」
「これで十分だよ」
「うそつき。甘党のくせに」
「きーちゃんほどじゃないし。あと、ブラックコーヒー飲めるようになりたい」
「どうして? 甘いのじゃ駄目なの?」
 今度は、黒崎が不機嫌になる番だった。別に良いじゃないか理由なんて、と早口でまくしたて、コーヒーを啜る。しかし綺堂はそれで話を終わらせるつもりはないらしく、どうしてどうして、と体を乗り出してくる。それを徹底的に無視していると、やがてテーブルの下で綺堂の足が黒崎の足を踏み始めた。
「や、止めろよ。制服汚れるじゃん」
「私は気にしないもん」
「俺は気にする」
「じゃあ私も、クロちゃんがブラックコーヒー飲む理由を気にする」
「何それ、ひどいじゃないか」
「ひどくないよ」
 しばらくひどい、ひどくないと意味のない言い争いを続け、ついでにテーブルの下で攻防戦を繰り広げ、黒崎のコーヒーが完全に冷める頃になってようやく二人は言い争いと攻防戦を止めた。
 どういう訳か勝ち誇ったような表情の綺堂が、数分前の話題をまた蒸し返す。
「それで、どうしてブラックコーヒーなの」
 アイスティーの氷がからからと音を立てる。自分でも分かるほど機嫌の悪そうな顔で、黒崎は小さく答えた。
「だって俺、男だし。甘党だとおかしいじゃん。だからコーヒーぐらいは砂糖なしで飲めるようになりたい」
 それを聞いて綺堂は笑うのではないかと黒崎は思っていたが、しかし綺堂は笑うどころか、悲しそうな顔をした。
「えー、甘党のままでいてよクロちゃん」
「なんで」
「だって、クロちゃん甘いもの食べなくなったらつまんない。一緒に喫茶店来ても楽しくないよ」
 だから甘党のままでいてよ、と綺堂は言う。 
「そんで、いつか一緒にケーキバイキング行こう」
 どう反応するべきか迷う黒崎を知ってか知らずか、綺堂はアイスティーを飲み干し、解体していたアップルパイを食べ始めた。なんとなく黒崎も、ガトーショコラにフォークを刺す。綺堂の言葉を脳内で消化しながらガトーショコラを口に運ぶと、チョコレートの甘さが残っていたコーヒーの苦さと混じりあって不思議な味がした。
 目の前の綺堂はさっさと自分の分のアップルパイを食べ終えていた。
「ねえクロちゃん、前言撤回。暇だから今から行こう、ケーキバイキング」
「へ?」
「この辺あったでしょ」
「いや、あったはずだけど。ていうかこの格好で? しかも俺、今月のお小遣いヤバい」
「私もヤバいよ!」
「駄目じゃん!」
「えーい気にしない。もーらいっ」
「あっ」
 自分の詰め襟の学制服と財布の軽さを嘆く黒崎の目の前からガトーショコラが消えた。綺堂が隙をついて奪ったのだ。黒崎の手が伸びる前に、それは綺堂の口の中に消えてしまった。
「ひどい、俺の」
「知ってる」
 少し前会話をそのまま再現した自分達に呆れながら、黒崎はため息をついた。そして、コーヒーを一気に飲み干す。それを確認した綺堂はさっさと会計に向かう。慌てて鞄をつかみ、その背中を追いかけた。
 口中に広がった苦みは、まだ慣れない。
 まあ良いか、と黒崎は思った。



・14歳くらいがイメージ。
・きーちゃんとクロちゃん呼びだった頃。
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