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Bernadette
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電池が切れた時計も、バッテリーを外した携帯電話も、椎名を現実から切り離されたような気分にさせた。街中の喧噪は耳に入っても入っても雑音として処理されて、結局は静寂として認識された。椎名はそっと笑った。こんなにうるさいのに静かなんてあまりにも矛盾している。
一人でいるのは嫌いではない。誰かと話すことがない分、街の音がよく聞こえる。一人になりたい時、椎名は決まって街中を徘徊した。男物の黒とスカイブルーのスニーカーを鳴らし、人波をかき分けていく。知らない人の香水の匂いや足音、笑う気配。ゲームセンターから漏れ出る騒音や行き交う車の排気ガス。腐ったような、甘いような、煩いような、心地よいような。全てが混ざり合って一つの雑音になり、そして椎名の世界はそれを静寂として認識する。
ポーズをとるマネキン達で飾られたウィンドウを通り過ぎる。赤信号で足を止めた。通り過ぎていく車が起こす風でセーラー服のスカートや、金色に脱色した髪の毛を揺らした。赤信号で立ち止まる人々は一秒ごとに増えていく。自分の立つスペースがだんだんと小さくなっていく。息苦しい。

「椎名」

雑音で作られた静寂を壊したのは聞き慣れた声だった。振り返るより先に横から肩を叩かれた。
視線を向ける。見慣れた長身がそこにいた。

「せんせー」

ダークグレーのスーツの袖は白と黄のチョークで汚れていた。椎名の間抜けた声に藤堂は怪訝そうな顔をした。
車道側の信号機が黄に変わった。

「なんだ、寂しそうだな」

歩道側が青信号になる。

「なんですか、それ」

動き出した人波に押され、椎名と藤堂は足を踏み出した。せわしげな足音のリズム達を尻目に二人の足は遅く、それを避けるように人々は前へ前へと行ってしまう。

「ただの思いつきだ」
「寂しくなんてないですよ、きっと」
「きっと、なんだろう」
「そうです。きっとです。希望型なんです」
「なら、寂しいんだろう。お前いつも一人じゃないか」
「一人は気楽ですよ。嫌いじゃないし」

スクランブル交差点の真ん中で、椎名と視線を合わせることなく藤堂は言う。

「嫌いじゃないと好きであることは必ずしもイコールじゃないだろう」

彼の声は、雑音として認識されない。

「じゃあ、私は一人が嫌いなんでしょうか」
「それ以上は俺は知らない。自分で考えなさい」

一人でいると街の喧噪がよく聞こえる。けれど、その中に椎名の望む音はない。雑音、のち、静寂。ノイズだらけの椎名の世界はいつだって静かだ。
歩くスピードは遅いままで、信号は点滅を始めていた。

「先生、分かりません」

早足に通り過ぎる他人の背を見つめて、藤堂の袖を小さく掴んだ。椎名の小さな声は雑音の中でも、隣の教師に確かに届いた。彼は怒るでも呆れるでもなく、ただ頷いただけだった。
信号が赤く染まる。藤堂が早く渡ろうと促すように袖を掴まれた腕を引いた。その手首に銀色の時計が一瞬見え、そろそろ腕時計の電池を交換しようか、と椎名はなんとなく思った。


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