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「悲しそうだ」

 指さされた絵に一言、いつの間にかハジメの横にいた、見知らぬ青年がコメントした。眠気でぼんやりとした目を横に向ける。ハジメより頭一つ分身長の高い青年は無表情に壁に掛けられた絵を指さしていた。
 今度は、絵の方を見る。シンプルな額に飾られた月の絵になんら深い意図は見えなかった。

「悲しそう?」
「ああ」
「じゃあ、悲しいんだろうね」
「そうなんだろうな」

 ハジメの小さな声に青年もまた、小さな声で答えた。話したのはそれだけで、あとは二人、静かな美術館の中でただただ立ち尽くした。お互い視線を交わす訳でもない。青年が悲しげだと評した絵の前で静かに肩を並べていた。




 四時までには病院に着く予定だった。
 しかし、気付いた時には時計は六時を回り、ハジメは未だ電車の中で揺られていた。美術館を出て、電車に乗って、そのまま寝てしまったのだとしばらく考えて気付いた。あちゃー、と声には出さずに呟いた。乗った頃にはがらがらだった車内は、今は人で溢れている。ハジメの目の前では高校生らしい少年がこっくりこっくり船を漕いでいた。やあ仲間。これもまた声には出さずに少年に呟きかけた。
 環状線をぐるぐる周り、電車を降りて病院に着いた頃には初夏の空は夜色に変わっていた。暑さの残滓を引きずるような風がハジメの長い髪を揺らした。
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