この収集家は馬鹿で阿呆で間抜けで自分勝手だと、夏野は常々そう思っている。珍しい物を集めるのが趣味なのは結構だが、自分の体をまったくと言って良いほど顧みない。
今も彼は真白いシーツのかかった寝台で、死人のような顔をしている。ろくに休みもせずに各地をほっつきまわっていた疲れが祟ったのだろう。額に手をのせると微熱があった。
セーラー服の袖をまくり上げ、洗面器の中で冷やしていた布を絞る。それを畳み、冬野の額にのせた。整った彼の顔が僅かに歪んだ。
「おい、冷たいぞ」
「そうでしょう、水で冷やしてたんですから」
「病人には優しくするのが礼儀というもんだろう。私は冷たいのが嫌いなんだ」
「あら、病人なんてどこにいらっしゃるんでしょうね」
何かいいたげな冬野が口を開く前に、夏野は彼の愛用する扇子でその口を指した。
「第一にね、こんな寒い時期にろくな防寒具も身につけないで北に行くというのが間違っているんですよ」
寝台の横に置かれた鳥籠に視線をやる。古びた金色をしたそれの中身に鳥はいない。
「そうは言っても、その鳥籠、もう少しで処分されるところだったんだぞ。あやうく貴重な中身が永遠に失われてしまうところだった」
「中身? これの?」
こほん、と小さく咳をして、冬野は頷いた。夏野は扇子を適当に置き、鳥籠を間近に見る。中にはやはり、何もいない。
「何もいませんよ」
「ほう、いる、と言ったな夏野」
にやり、と冬野が笑う。ずれた布を手で押さえながら彼は言う。
「ある、ではなく、いる、と言ったということは、お前の頭には鳥籠の正しい使い方が刷り込まれている。鳥籠には鳥、そうだろう」
「ええ、まさか犬なんて入れませんよ」
「その通り。それが正しい。その鳥籠にはな、夏野よ。鳥がいる」
「でも、何も」
「見えないのだから当然だろう」
それが常識だと言うかのように冬野は答え、また咳をした。さっきよりも痰が絡まりいよいよ病人らしい。体調は順調に悪くなっているようだ。
そろそろ話すのも止めて、彼にはゆっくり寝てもらおうと夏野が鳥籠から離れると、彼は手をひらりと振って布団に潜った。
「さて、私は寝ようと思う。起こさないように」
「はいはい、おやすみなさい」
洗面器やら何やらを抱え、夏野はそっと部屋を出た。すれ違いざまに鳥籠を見たが、やはり中は空洞だった。
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