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Bernadette
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 長く伸びた髪を梳く。鼈甲の櫛は少女の黒髪に、絡むことなく滑っていく。よく手入れされた黒髪は艶めき、降り続く雨のせいだろうか、いつもよりも光を吸い込んで輝いているようにも見えた。
 窓の外で降っているのは細い雨だ。霧と見紛う白い雨と鈍い色の空が重い。それとは対照的に地面から生えた草の緑は生き生きとしていた。恵みの雨だ。静かな雨音は家の中によく響く。濡れた空気が肌を撫で、家の隅から隅へと満ち渡る。それは書を愛するシラヌイにはひどく憂鬱なものではあったが、目の前に座る少女を見ると不思議とそんな気分も消えていった。
 また一房手にとって梳いていると、少女がそわそわした様子で振り向いた。愛らしい少女は微妙に色の違う両目を瞬かせ、何か言いたげにシラヌイを見ていた。声を忘れた子供の純粋な目に、シラヌイは苦笑して返す。
「まだですよ。もう少し、待ってあげましょう」
 大きく頷いた少女はまたさっきと同じように正面を向き、黙ってシラヌイに髪を梳かれる。苦笑したままシラヌイは櫛を置き、用意していた化粧箱を開けた。古めかしいが作りの良い簪や髪飾りが入った箱の中から紐を取り出し、櫛を入れてまた箱を閉める。相変わらず落ち着きがない様子の少女の頭をそっと押さえると、彼女の背中から生えた白い片翼が軽い音をたてて震えた。
「ほら、正面を向いて」
 また頷いた比翼鳥の髪を一つに束ねると、シラヌイは慣れた調子でそれを整えた。手を動かすたび持ったままの紐が揺れる。黒髪に映えるだろうと選んだ赤色の紐は、両端に玉が通され、時々ぶつかっては澄んだ音を立てた。それが気になるのか、比翼鳥は小さな手で自分の首の後ろに手をやったが、シラヌイの髪結いの邪魔になると気付いたのかそっと手を元に戻した。
 整えた髪を片手で押さえながら、シラヌイはふむ、と小さく呟く。
「やはり、高い位置で結った方がかわいいですよね」
「……」
「引っ張られてちょっと痛いかもしれませんが、我慢してくださいね」
 答えはないがいつものことだ。優しく声を掛けると、比翼鳥は首をわずかに傾げた後、小さく縦に首を振った。それを確認し、シラヌイは髪の毛を持ち上げるように頭の上部へあげ手櫛で梳き直す。軽く力を込めて引っ張ると、軽い体が傾いて翼がシラヌイの腹に当たった。暖かな翼はくすぐったい。細い肩を前に押し、動かないようにする。比翼鳥は大きな目をぱちぱちとさせ、自分の後ろでなされている作業に黙って従っていた。
 結ぶ位置を決めた後は簡単だ。束ねた髪を崩さないように紐で慎重に固定し、手早く蝶々結びにする。長さを調整し、最後にまた手櫛で髪の毛を梳く。揺れた紐がぶつかり合うと美しい音がした。
「はい、完成です」
「……」
「お疲れさまでした。鏡をどうぞ」
 おそるおそる振り返った比翼鳥に、シラヌイは手鏡を差し出した。鏡の中の自分を見た少女は、慣れない様子で結われた髪に触れ、赤い紐をいじり、恥ずかしげに、しかし嬉しそうな顔をした。どうやらシラヌイの髪結いはお気に召したらしい。
 上機嫌な少女に小さな満足を覚えながら、化粧箱を片付けシラヌイは時計を見た。比翼鳥を預けた永世が出て行って一時間が経つ。そろそろだろうか、と考えたところで玄関の戸が開く音がした。
 まっさきに反応したのは比翼鳥で、慌てた様子で立ち上がろうとして蹴躓く。弱い足でいきなり立ち上がるのは無理があったようだ。床に激突する前にその体を支えて抱き上げると、焦った様子で比翼鳥は両腕をぱたぱた動かした。まるで飛ぼうとしているようだ、と思いつつ、シラヌイはわざとのんびりとした口調で言う。
「慌てなくても、永世は逃げませんよ」
 それでも彼女は行きたいらしい。必死な様子の比翼鳥にやれやれ、とシラヌイはため息をつき、抱えたまま居間から出る。玄関では珍しくフードではない、黒いジャケットを羽織った永世が靴を脱ごうと屈んでいた。
「おかえりなさい」
 丸まった背中に声を掛けると、永世が一瞬虚を突かれたように目を見張らせた。紫がかった目は白い睫と相まってまるで何かの宝石のようだ。何かおかしかったのかと考えたが、永世は照れくさそうに頬を掻き、視線を足下に落として答える。
「ただいま。……不思議な気分だ、おかえりって言われるの。おれの家じゃないけど」
「気にしませんよ、そんなこと」
 大人二人の会話をよそに、比翼鳥は永世に向かって手を伸ばす。永世は靴を脱ぐと、シラヌイの腕から彼女をそっと受け取った。片翼が嬉しげに羽音をたてる。
「お、髪結ってもらったのか。良かったな」
「……」
「うん、似合ってる」
 親子にも兄妹にも見えない二人を横目に、シラヌイは足下の買い物袋を両手に台所へ運んだ。買い物袋の中に入っていたのはシラヌイには見慣れない食材ばかりだ。永世のことだ、洋食を作るのだろう。これらの食材から一体何ができるのだろうかと首を傾げていると、永世の腕から降りた比翼鳥が片足を引きずるようにシラヌイへ寄ってきた。
 慣れない義足と歩行に気難しげな表情を見せた少女は、しかし腰を折ったシラヌイの袖を掴むと、照れくさそうに俯いた。何か言いたいらしい、シラヌイと目が合うと、言葉を発さない唇を一文字ずつ、丁寧に動かした。薄桃色の唇が五文字の言葉を声なく発する。
 曰く、ありがとう。
「……どういたしまして」
 結った髪を崩さないように頭をそっと撫でると、比翼鳥の片割れはその幼い手をシラヌイの手に重ねた。後ろから上着を脱いだ永世が台所に入ってくる。料理を始めるつもりなのか、袖を捲っていた。
「ちゃんとお礼言えた?」
「……」
「なら良かった。次からはきちんと言うんだぞ」
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