「事情は聞いているがねお嬢さん。改めて名乗ってくれないか」
長い黒髪を揺らしたその人は、白いシャツに黒いスラックス姿で椅子に深く腰掛けていた。
奇妙な人だった。白いシャツも黒いスラックスも男物だが、肩にかけたショールは女物のそれだ。温かな桜色をしたショールは白と黒のみで構成されたその人の、唯一の色のようだった。
だが、とシズルは思う。黒と白で構成されたその人はきっと灰色なのだろう。男とも女ともつかない顔立ちと体の作り、そして低くも高くもない声は、正しい判別が出来そうもない。二十は過ぎたであろう大人の痩せた手首は白く、病人のようだった。
無言のシズルをどう受け取ったか、目の前のその人は微かに唇の端を歪めた。同じように黒い目がシズルを見る。
「とは言ったが、こっちが名乗らんのも失礼か。……自分は世御坂カイエという。ヨミサカでもカイエでも、どちらでも好きな方で呼んでくれ」
手にした荷物がいつの間にか無くなっていることに気付いた。慌てて手元を見たが、足下に置いていた鞄すらそこにはない。愕然としたシズルの正面で、カイエは微かな笑い声を上げた。
「気にすることはないよお嬢さん。お嬢さんの手には少々重そうだったんでね、うちの犬が君の部屋に持って行っただけさ」
「犬? 犬なんてどこにも」
「後で紹介しよう。少しばかり凶暴だが、何、取って食ったりはしないさ。安心してくれ」
ひどく不穏な言葉が聞こえた気がして、シズルは自分の体が固まるのを自覚した。同時に、ここにやってきたことを深く後悔した。だが振り返ってもシズルを連れてきた家の使用人の姿は既に無く、帰り道は分からない。
入り口の上につけられた窓から夕日が射し込んできた。
「さて、お嬢さん。お名前を聞こうじゃないか」
まるで悪魔か何かのように、世御坂カイエは言う。
「……東海野シズルです」
そして目の前の悪魔に、シズルは自分の名前を告げた。
長い黒髪を揺らしたその人は、白いシャツに黒いスラックス姿で椅子に深く腰掛けていた。
奇妙な人だった。白いシャツも黒いスラックスも男物だが、肩にかけたショールは女物のそれだ。温かな桜色をしたショールは白と黒のみで構成されたその人の、唯一の色のようだった。
だが、とシズルは思う。黒と白で構成されたその人はきっと灰色なのだろう。男とも女ともつかない顔立ちと体の作り、そして低くも高くもない声は、正しい判別が出来そうもない。二十は過ぎたであろう大人の痩せた手首は白く、病人のようだった。
無言のシズルをどう受け取ったか、目の前のその人は微かに唇の端を歪めた。同じように黒い目がシズルを見る。
「とは言ったが、こっちが名乗らんのも失礼か。……自分は世御坂カイエという。ヨミサカでもカイエでも、どちらでも好きな方で呼んでくれ」
手にした荷物がいつの間にか無くなっていることに気付いた。慌てて手元を見たが、足下に置いていた鞄すらそこにはない。愕然としたシズルの正面で、カイエは微かな笑い声を上げた。
「気にすることはないよお嬢さん。お嬢さんの手には少々重そうだったんでね、うちの犬が君の部屋に持って行っただけさ」
「犬? 犬なんてどこにも」
「後で紹介しよう。少しばかり凶暴だが、何、取って食ったりはしないさ。安心してくれ」
ひどく不穏な言葉が聞こえた気がして、シズルは自分の体が固まるのを自覚した。同時に、ここにやってきたことを深く後悔した。だが振り返ってもシズルを連れてきた家の使用人の姿は既に無く、帰り道は分からない。
入り口の上につけられた窓から夕日が射し込んできた。
「さて、お嬢さん。お名前を聞こうじゃないか」
まるで悪魔か何かのように、世御坂カイエは言う。
「……東海野シズルです」
そして目の前の悪魔に、シズルは自分の名前を告げた。
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