昼をだいぶ過ぎた頃起き出した浅葱が、店を開いたのは夕方になってからだった。
店の奥で、昨日帰りがてら洋裁屋から買って来たレースを広げていると、からからと戸が開く音がした。
「あさぎさん?」
聞き慣れた女の声だ。それに二つ返事で、暖簾を押しのけ店に顔を出す。戸を閉めて所在なさげに立ち尽くしていたのは、黒い布で口元を隠した女だった。宵待衆唯一の女性は、その手に黒い羽織を抱えていた。
「おや、千早さん。どうかしましたか」
「ああ、うん、あのね」
困ったように眉尻を下げながら、千早は頬を掻いた。言いにくそうな表情をしていたが、彼女が浅葱の店に顔を出す、その意味は浅葱はよく分かっている。洋装を好む彼女が和服の仕立屋にやってくるということはすなわち、その手に抱えた羽織に何かしでかしてしまった時なのだ。
浅葱は軽く溜息をつき、わざと明るい調子で言葉を投げかけた。
「別に、怒ろうってんじゃないんですから。これも仕事です、見せて下さいな」
目を合わせようとしない女性の前に手を差し出せば、観念したように彼女の手から羽織が渡される。そのほっそりとした手首に包帯が巻かれているのを見て、もしや何か厄介事にでも巻き込まれたのではないか、と表情を窺った。だが千早は浅葱と目が合うと、叱られた子供のようにしゅんとした様子でうなだれた。決して幼くないはずなのだが、どうにも千早は子供らしいところが未だに残っている。
慎重に羽織を広げると、予想通り、袖が酷く破れていた。枝や鋭い物に引っかけたまま強い力を加えたような破れ方だ。
「筆頭にこっぴどく叱られた。羽織は大事にしろって」
店の奥で、昨日帰りがてら洋裁屋から買って来たレースを広げていると、からからと戸が開く音がした。
「あさぎさん?」
聞き慣れた女の声だ。それに二つ返事で、暖簾を押しのけ店に顔を出す。戸を閉めて所在なさげに立ち尽くしていたのは、黒い布で口元を隠した女だった。宵待衆唯一の女性は、その手に黒い羽織を抱えていた。
「おや、千早さん。どうかしましたか」
「ああ、うん、あのね」
困ったように眉尻を下げながら、千早は頬を掻いた。言いにくそうな表情をしていたが、彼女が浅葱の店に顔を出す、その意味は浅葱はよく分かっている。洋装を好む彼女が和服の仕立屋にやってくるということはすなわち、その手に抱えた羽織に何かしでかしてしまった時なのだ。
浅葱は軽く溜息をつき、わざと明るい調子で言葉を投げかけた。
「別に、怒ろうってんじゃないんですから。これも仕事です、見せて下さいな」
目を合わせようとしない女性の前に手を差し出せば、観念したように彼女の手から羽織が渡される。そのほっそりとした手首に包帯が巻かれているのを見て、もしや何か厄介事にでも巻き込まれたのではないか、と表情を窺った。だが千早は浅葱と目が合うと、叱られた子供のようにしゅんとした様子でうなだれた。決して幼くないはずなのだが、どうにも千早は子供らしいところが未だに残っている。
慎重に羽織を広げると、予想通り、袖が酷く破れていた。枝や鋭い物に引っかけたまま強い力を加えたような破れ方だ。
「筆頭にこっぴどく叱られた。羽織は大事にしろって」
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