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Bernadette
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「写真を撮ろうか」

「笑って」
 慈愛に満ちた目で笑う、その人に憧れた。同時に泣きたくなった。こんなにも綺麗に笑うことの出来る人だったのだ。私にも出来たかもしれない笑い方は、しかし、今の私には到底まね出来ない。どうやって笑えばいいのか、さっぱり分からない。ファインファーを覗くようになって何年経ったのだろう。覗かれることがなくなって、何年経ったのだろう。
 それでもこの人は笑うのだ。優しく私の手を取り、温かな体温で私に触れるのだ。
 カメラに張り付く人が片手をあげる。こっちを見て、と明るい声を上げた。二人並んで座り、レンズへとひたすらに視線を向ける。見慣れたガラスレンズが今だけは見慣れない、仕事道具ではない何かになっていた。
「それでは撮りますね」
 群衆に一人取り残された幼子のような不安さでレンズを見つめる。膝に置いた手に温かい手が触れた。隣のその人が重ねた手は、もしかしたら、取り残された子供の親のものなのかもしれない。
 私は笑えるのだろうか。
「笑って」
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 その場の一つの選択でどんどんと未来が変わっていくのなら、私がいまこうやって泣くことをひたすらに耐える、そう選択したことも、何か未来を変えうることなのだろうか。
 泣いた私と泣かなかった私の分岐は、一体何を生み出すのだろう。


 あなたは誰なんですか。
 私はあなたです。今このときに泣くことの出来なかった私です。


 それではさようなら。死ね。


 君の未来は存在しないけれど、私は存在するのです。いくつにも枝分かれした分岐の、その内の一つの可能性なのです。
 君のその選択が、今、君の一つの可能性を消した、それだけです。


 馬鹿なことを考えてしまったんじゃないだろうか。私はまだ生きているのだ。


 そうして私は静かに泣いた。誰もいない道端で、あるはずのない傘を差した。鮮やかな赤色の傘がけぶる街並にひどく鮮やかに咲いていた。離れていく傘は空色で、雨が止んだ後はあんな綺麗な色が広がっているんだろう、と、泣きながら思った。
 真っ白なケーキの表面に指をためらいがちに埋めると、ずぶずぶとあっさり突き刺さった。柔らかなクリームとスポンジは甘ったるいにおいがした。指の熱でクリームが柔らかくなっていく。もう一本指を埋めた。クリームもスポンジも少しだけ冷たかった。
 ケーキをちぎる。手がクリームでべたべたになった。食べると、口元もべたべたになった。甘いにおいがする。甘い。少しだけ、すっぱい。スポンジに挟まったいちごの味だった。
 またちぎる。食べる。ちぎる。食べる。手がどんどんクリームにまみれていく。溶けたクリーム。黄色いスポンジのかけら。ときどきまじるいちごの果汁。幸せなのか楽しいのかうれしいのかよく分からなかった。
 その人はにこにこ笑っていた。なにがおもしろいのか、自分にはやっぱり分からなかった。けもののようにケーキを食べる自分の姿が滑稽だったのかもしれない。そんなことを気にする余裕はなかった。夢中だった。でも、おいしいとは思わなかった。甘かった。ときどき酸っぱかった。それだけだった。
 ケーキの半分がなくなり、手が真っ白くどろどろに汚れて、おなかもいっぱいになった頃、ようやく気づいた。あの人は横で笑っていた。笑顔にもいろんな種類があるということに初めて気づいた瞬間だった。あの子はどこ?
 クソったれた家で育ったと思う。父親はアル中で母親はおれに暴力しかくれなかった。メシを食うのも一苦労だった。家にはなにもなかったから親の財布から金を盗んで買いに行くしかなかった。そこで見つかったらおしまいだ。何度死んだ方がましだと思ったか知れない。とにかくそういう家だった。
 おれが十五の時、父親が死んだ。母親が銃で撃った。そして母親が死んだ。確かおれが殺した。目の前で黒々と光った銃口は今でも覚えてる。安物の銃。9mm。一発じゃ人を殺せない。手元にあったはさみを首もとに刺した。赤い。とにかく必死で突き刺して、そうして母親は死んだ。
 母親が手にしていた銃に、弾丸は入っていなかった。
 十五のおれは五年前の話だ。二十になったおれはボロボロのアパートで破れかけたシーツをかぶって泥のように眠っていた。銃から手を離すのが怖かった。安物の銃。ただし一発で人を殺せる大口径。金を得たことも、初めて人を殺したことも、全部頭から消え去っていた。ああまったく最悪だよ、チクショウ。
 銃の撃ち方を教えてくれたのは白髪交じりの男だった。がっしりとした体格で、無口だった。あの男と一緒にいた数年間はまともな人間をやっていた。銃を構えて的へと狙いを定める、男は言っていた「銃は怖いモンじゃない。怖いのはそれを使う人間だ」
 新聞配達をして金を稼いだ。その金はすべておれのものだった。欲しいものがある訳じゃなかったからどんどん貯まっていった。いや、あったけどもういらなかったし必要なかった。
 おれは男の名前を知らない。手紙の宛名はトニーだったしジョンだった。かかってくる電話はディビッドだったしサイモンだった。おれは男を師匠と呼んだ。師匠はおれをジャックと呼んだ。
 ただ、穏やかな毎日だった。
 シーツの中で銃を握りしめる。飛び散る脳漿、えぐれた顔。深呼吸をする。落ち着けよハニー、おまえは何一つ悪いことはしてないんだぜ。知ってるよダーリン、おれはああしなきゃいけなかった。ヤられる前にヤらなきゃおれは今頃生きちゃいない。
 なあ師匠、おれは今、必死で生きてるよ。あんたが教えてくれた銃はおれのせいで怖いモンに成り下がっちまった。握りしめた黒い銃は体温が移ってぬるいのにひどく冷たい。
 あんなに穏やかだったおれの生活は、しょせんその時ばかりだった。どうやら神様とかいうヤツは平等じゃないらしい。どうして町ですれ違う連中はあんなにも幸せそうなのに、おれはそうじゃないんだろうな、ダーリン。
 師匠がいなくなったあとのおれは抜け殻だった。師匠は時々おれに言った「なあジャック、俺はいつかツケを払わなきゃならないと思うんだ」そうして親愛なる師匠殿はツケを払いに行った。おれは一人、そこに残された。
 残されたおれは今まで以上に働いた。とにかく、ひとりが恐ろしかった。ひとりが恐ろしいのにおれは誰かと一緒にいることはできなかった。頭の中には銃を向ける母親の顔と、ツケを払わなきゃならない、とつぶやく師匠の顔があった。とにかく、もうそればかりが頭にあってぐるぐる回転してどうしようもなかった。怖かった。
 耳にこびりついた銃声は断末魔に似ていた。
 短いようで長い破裂音は人の頭を破裂させた。飛び散ったのはおそらく脳漿だったんだろう。水音をたてて人の頭の一部が地面に落ちた。それから遅れて人の体がバランスを崩して倒れる音も。その目の前でおれはがたがた震えながら銃を構えていた。そこら辺でいくらでも売っているような安物の拳銃は白い煙を銃口から上げていた。空から落ちてきた雨が熱い銃口を濡らす。じゅうじゅうと小さな音がする。
 体中が震えていた。興奮しているのかもしれない。恐怖かもしれない。頭の中が真っ白だった。同時に冷めた目をした自分が自分の中にいた。そいつは言う、「落ち着けよハニー、人一人撃っただけさ」
 しょせんそんなもんなんだ。頭の中で叫んだ。銃口が雨に打たれて冷えていくように、自分もまた興奮や恐怖から冷めていく。冷めた目をした自分ががたがたみっともなく震える自分に重なった。次にやることは分かってるだろ、ダーリン。
 大きな穴を開けた顔から目を逸らし、そいつの懐を探る。束になったドル札が二つ折りになって出てきた。やっぱり震える手で数える。一ヶ月はこれで暮らせる。そう思うと安堵感が体の奥からわき上がってきた。だというのにさっきまでの興奮はもう影もない。
 初めて人をヤッた気分はどうだいハニー? 重なったはずのおれが言う。ああまったく最悪だよダーリン。上げた視線がグロテスクな顔面とぶつかった。ないはずの目玉がおれを睨みつけてくる。爆ぜた肉がおれを見ている。次の瞬間嘔吐感がこみ上げてきた。喉の奥を胃液がせり上がってくる。顔を逸らし濡れた路面に吐き散らした。
 苦しい。なにこれカッコワルイ。胃の中の物を全て吐いたはずなのにただえずく。生理的な涙が目に浮かんできた。馬鹿じゃねえの、馬鹿だなオイ。あまりに惨めな自分の姿を想像して笑いがこみ上げてきた。
 落ち着けよハニー、たかだか人一人撃っただけじゃないか。こうでもしなきゃ生きていけないんだろ?
 これから何度だって殺していかなきゃいけないんだ。こうやってガキみたいに震えるのはこれが最後だ。自分の足で立たなきゃならない。そうだろダーリン。ああそうさハニー。
 ドル束と拳銃をしまい込む。さっさと逃げなきゃならない。弾は入っている。最後の一発になったらリロードしろといったのは誰だったか。おれに銃口を向けたあの女か、おれに銃を持たせたあの男か。ああ、師匠か。
 銃は怖いモンじゃない。怖いのはそれを使う人間だって口酸っぱく言ってた師匠殿、おれはあんたに顔向け出来ないよ。でも多分、あんたは全て分かってたような顔してるんだろ。知ってるよ。なあハニー。ああ、雨が上がる前に行かなきゃ。どこにって、おれだって分かんないけどさ。

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