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 クソったれた家で育ったと思う。父親はアル中で母親はおれに暴力しかくれなかった。メシを食うのも一苦労だった。家にはなにもなかったから親の財布から金を盗んで買いに行くしかなかった。そこで見つかったらおしまいだ。何度死んだ方がましだと思ったか知れない。とにかくそういう家だった。
 おれが十五の時、父親が死んだ。母親が銃で撃った。そして母親が死んだ。確かおれが殺した。目の前で黒々と光った銃口は今でも覚えてる。安物の銃。9mm。一発じゃ人を殺せない。手元にあったはさみを首もとに刺した。赤い。とにかく必死で突き刺して、そうして母親は死んだ。
 母親が手にしていた銃に、弾丸は入っていなかった。
 十五のおれは五年前の話だ。二十になったおれはボロボロのアパートで破れかけたシーツをかぶって泥のように眠っていた。銃から手を離すのが怖かった。安物の銃。ただし一発で人を殺せる大口径。金を得たことも、初めて人を殺したことも、全部頭から消え去っていた。ああまったく最悪だよ、チクショウ。
 銃の撃ち方を教えてくれたのは白髪交じりの男だった。がっしりとした体格で、無口だった。あの男と一緒にいた数年間はまともな人間をやっていた。銃を構えて的へと狙いを定める、男は言っていた「銃は怖いモンじゃない。怖いのはそれを使う人間だ」
 新聞配達をして金を稼いだ。その金はすべておれのものだった。欲しいものがある訳じゃなかったからどんどん貯まっていった。いや、あったけどもういらなかったし必要なかった。
 おれは男の名前を知らない。手紙の宛名はトニーだったしジョンだった。かかってくる電話はディビッドだったしサイモンだった。おれは男を師匠と呼んだ。師匠はおれをジャックと呼んだ。
 ただ、穏やかな毎日だった。
 シーツの中で銃を握りしめる。飛び散る脳漿、えぐれた顔。深呼吸をする。落ち着けよハニー、おまえは何一つ悪いことはしてないんだぜ。知ってるよダーリン、おれはああしなきゃいけなかった。ヤられる前にヤらなきゃおれは今頃生きちゃいない。
 なあ師匠、おれは今、必死で生きてるよ。あんたが教えてくれた銃はおれのせいで怖いモンに成り下がっちまった。握りしめた黒い銃は体温が移ってぬるいのにひどく冷たい。
 あんなに穏やかだったおれの生活は、しょせんその時ばかりだった。どうやら神様とかいうヤツは平等じゃないらしい。どうして町ですれ違う連中はあんなにも幸せそうなのに、おれはそうじゃないんだろうな、ダーリン。
 師匠がいなくなったあとのおれは抜け殻だった。師匠は時々おれに言った「なあジャック、俺はいつかツケを払わなきゃならないと思うんだ」そうして親愛なる師匠殿はツケを払いに行った。おれは一人、そこに残された。
 残されたおれは今まで以上に働いた。とにかく、ひとりが恐ろしかった。ひとりが恐ろしいのにおれは誰かと一緒にいることはできなかった。頭の中には銃を向ける母親の顔と、ツケを払わなきゃならない、とつぶやく師匠の顔があった。とにかく、もうそればかりが頭にあってぐるぐる回転してどうしようもなかった。怖かった。
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