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 雨が降っている。
 埃混じりの雨は灰色だった。窓ガラスを打つ雨音は細かいが、重なり合い隙間無く濡らしている。雫がガラスを伝って下へ下へと落ちていく。コンクリートとガラスでしめきられたはずの館内の空気は既に湿っていた。
 本から視線を上げ、疲労を訴える眼球を瞼越しに撫でた。心なしか瞼が腫れていた。ずいぶんと集中していたようで、館内に掛かった時計を見て軽く驚いた。あっという間に閉館時間に近付いていた。
 図書館に入る前は確かに晴れていたはずが、今ではそれが嘘だったかのようだ。夕暮れに加えて雨雲の重い色が暗さを更に増していた。頭の端が囓られたようにちりちりと痛んだ。気圧が低い。
 ため息をついた。途中だった本を閉じた。本棚に戻そうとして動きを止めた。悩んだのはほんの数秒で、足早に本棚から離れカウンターに向かった。髪の白い老人がかけた眼鏡の向こう側からこちらを見た。彼に小さく会釈をして利用者カードと本を差し出すと、老人は無言で手続きをしてくれた。返却期限の書かれたレシートと共に本とカードが返された。もう一度会釈をすると、皺に埋もれかけた目をほんの少しだけ和ませて、彼もまた会釈をした。
 自動ドアをくぐりながら鞄に本を押し込んだ。ため息をもう一度吐き、重い空を見上げた。雨は止む様子を見せない。傘は持っていない。低気圧に痛む頭で考える。バス停まで走るしかなさそうだ。


 そもそも雨が嫌いなのは、降っている間中音が止まないからだ。それに加えて体質の問題で、気圧が低いと頭痛がする。痛みと音は集中を途切れさせる点では同じような物だ。集中という一本の線が細かく切られ、そのたびに結び直さなければならない。それが心の底から疎ましいのだ。
 濡れながら走った先にバスが止まっていた。運転手がドアを閉めようとしているのを慌てて止め、乗り込んだ。もともと乗客数の少ない線で、夕方という帰宅時間にもかかわらず自分の他には誰も乗っていなかった。発車します、と運転手の低い声と共にバスが動き出した。バランスを崩しそうになりながら手すりにつかまり、なんとか二人掛けの席の窓側に座った。
 雨の音が車の稼働音に飲み込まれる。濡れた髪や肩を払うと手が冷たくなった。指を組んで冷えた手を温めようとしたが、なかなか元の温度には戻らなかった。息を吹きかけながら窓の外を見ていた。
 次の停留所から乗り込んできたのは鮮やかな色のジャケットを着た女性だった。パステルカラーの傘を閉じ、踊るような足取りで鈍色のバスの床を歩く。高いヒールが鳴る。綺麗に巻かれた髪の毛が揺れた。ちらりと見た顔立ちはその鮮やかな色に似合う美人だった。
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