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Bernadette
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 空からちらちらと、白い雪が落ちてきている。冬の空気を孕んだそれは静かに落ちてナナオの肩に白く残った。紺色のブレザーに落ちた雪は少しの間だけ白いままで、あとはゆっくり溶けていく。溶けて、紺色に冷たい水になって残る。



「泣いたり、笑ったり、そういうのが綺麗に撮れると嬉しいじゃないですか」
 曇りのない笑顔で夏生は言う。佳乃はただ苦笑した。この少年のような純粋さを持っていない自分に微かな嫌悪と、諦めに似た感情がよぎる。夏生は出来上がった写真をきらきらとした目で見ていた。
 煙草を吸いたいな、と思った。一ヶ月に一本吸うかどうかの煙草はおそらく、佳乃のベッドの下に転がっている。取りに行くのは面倒だったし、吸おうとしても店の中では吸ってはいけない。仕方なく諦め、座っていた椅子の背もたれに体を預けた。
「気に入った写真は撮れた?」
「ん、多分」


 佳乃を呼んだ父は一人で幕を張り替えようとしていた。慌てて彼へ走りより、一緒になって取り替え作業をした。持った瞬間これを一人でやるのは無理だろう、とため息をつきそうになった。撮影所用の幕は手触りが良く高級感が溢れているが、その反面ひどく重い。いくら父でもさすがに一人で無理だっただろう。
 あっちを上げろこっちを上げろと言われるままに幕を持ち上げ、終わった頃には冬にもかかわらず汗だらけだった。

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「難しいことは考えたくないよ。出来るだけ楽に、簡単に生きたいんだ」
 揚げたてのフライドポテトを一本つまみ、口の中に放り込む。ナナコの好物だ。僕は挟まれぺちゃんこになったレタスをはむ。微妙な食感だ。まあそんなに嫌いじゃない。
「ナナオは消極的ね」
「そうかな」
「生きるのも死ぬのも消極的」
「死にたかないよ」
「あたしは生きたい」
「誰だってそうさ」
「そうかしら」
 消費されていく黄色いスティック上の食べ物は、きっとナナコの体の中で燃えて発電して、その細い体を動かしている。気怠げに瞬きするのにも、気怠げに動かすだけのエネルギーは必要だからだ。
「反例は何にだって存在するじゃない」

「夏生」
 触ったらたぶん、ベルベットみたいな感触がする。そんな空の日だった。
「ナツオ」
 とてもきれいな響きをしていると思う。口に出すとなんだか分からないけど安心する。あたしの。あたしの。
 やわらかい空はいつだって鮮やかで、星が模様のように散っていた。触りたい。触れたい。あたしはたくさんたくさん、ほしいものがある。でもきっと、それらはぜんぶあたしの手には入らない。そうだって知ってる。あたしのようなこどもに、いつだって世界は残酷だ。今だって、あたしは目の前にしたその人に触れないでいる。
「なつ、お」
 今だって、あたしは目の前にしたその人に、
「なつお」
 かみさまあたしはいけない子です。あなたからもらったものぜんぶ返すから、お願いだからあの人に触らせてください。あたしは今日も、ひとりぼっちだ。
 私は君と一緒に生きていけない。だが、君がいないと生きていけない。呼吸をすることを忘れてそのまま地上で窒息死する。私は魚だ。呼吸をするための器官がないのに地上に這い上がってきてしまった、愚かな魚だ。
 遠い遠い距離を隔ててようやく私は生きていける。君の隣には行けないまま、私は呼吸器官を得る。
 ふよふよと目の前を魚が泳いでいる。
 それは真っ白な魚だった。成長した金魚ほどの大きさで、鱗がなだらかに光を反射している。見たことのない魚だ。それは黒い瞳でもって夏野を見ていた。夏野と向かい合うように、空中に浮いていた。
「あ、夏野さん」
 虫取り網を片手に持ったゼンが、店の奥から顔を出した。
「すいません、今、掃除中で」
「いや、僕こそすいません。じゃあ後で出直して」
「いえ、大丈夫、です。別に人がいても平気なので」
 魚はすい、と方向転換して、ゼンの方へと行った。ゼンの周りには魚が何匹か浮いていた。白い魚が二匹、灰色が一匹、黒が一匹。そして白から灰色へ移り変わるような色合いの魚が三匹。それらはゼンにじゃれるように彼の周りを泳いでいる。
 目を閉じ、深呼吸を二回した。もう一度目を開けると、そこには魚の影などなく、ただ虫取り網をひょい、と振る少年がいるだけだった。
「見えました?」
「魚が何匹か」
「すいません。時々、見えるみたいなんです。たぶん、おれの影響かな」
 小さく首を傾げたゼンの横で灰色の影が躍ったのが一瞬だけ見えた。幻か何かのような曖昧さでそれはすぐに消える。見えそうで見えないのは、本来は見えるはずのない魚だ。ゼンのような不思議な目を持っている人間以外には見えないという魚は、しかしどういう訳か夏野の目にも時々映る。ゼンの影響らしい。

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