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Bernadette
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 消毒液とガーゼとテープをビニール袋に、小林は薬局を後にした。湿った空気は梅雨の匂いがする。すぐそばのベンチに座っている黒崎がぼんやりとした視線を宙に向けていた。彼の頬には三本、赤い線が走っている。ペイントでも何でもない、滲んだ血の色だ。ビニール袋を音をたてて揺らすと、彼の目が動いて小林を見た。隣に吉田はいない。どこに行ったのか、問う前に黒崎の指が薬局の反対側を指した。
 自販機、そしてその前に立つ灰色のような銀色のような頭が見える。
「……ん」
 濡れたベンチをタオルで拭き、黒崎の横に腰掛ける。買って来た消毒液を取り出したところで、脱脂綿を買い忘れたことに気付いた。また買いに行こうかとも考えたが、それに気付いた黒崎がポケットティッシュを取り出してくれたのでそれを使うことにした。嗅覚を刺激する匂いに顔を顰めながら、消毒液でしめらせたティッシュを黒崎の頬に当てた。彼の顔も同じように顰められたのが見えた。
「痛いか?」
「痛いな。ドSめ」
「なんとでも言え」
 軽口をたたけるくらいには彼も落ち着いたようだった。内心安堵のため息をつきつつガーゼとテープの封を切る。頬の傷を隠せるか心配していたが、ガーゼはなんとか覆える程度の大きさだった。黒崎自身にも抑えてもらい、ガーゼを頬に当ててテープで固定した。真っ白なガーゼは悪目立ちするが仕方ないと割り切ってもらうことにした。
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O E
 人間は考える葦であると言ったのは誰だったか。
 だとすれば思考しない人間は、一体何なのだろうか。葦でなければ人間でもないのだろうか。思考することは頭を使う。エネルギーを使う。それを面倒だと思った時点で人間以下に成り下がってしまうとしたら、由々しき事態だ。
 しかし、由々しき事態だからといって何か出来る訳でもないのだが。
 何かを考えよう、と考えるのを止めた。確定した昨日のことも不確定な明日のこともすべて、流れることしか能のない時間に任せてしまえばいい。自分はただそこにいて呼吸をしている。人間は考える葦である。だから考えることをしない自分という存在は人間以下、葦ですらないと言うことになる。
 それで良いと認めてしまった時点で何かが変わったような気もしたが、それはどうでも良いことだ。ベッドの上で寝返りを打つ。閉めたカーテンの隙間から差し込んでくる光が眩しかった。

 コンビニのビニール袋の中で、三本のマニキュアと缶ジュースが音をたてて触れ合った。額に滲んだ汗を同じく汗の滲んだ手の甲で拭う。長い坂を黒いローファーでひたすら歩いていく。坂を上り、下り、目的地は近いようで遠い。
 慣れ親しんだ潮の香りが今は疎ましかった。頭上では強烈な日差しを提供する太陽が隠れもせず堂々とし、右側を向くと青い海が広がっている。濃い海の匂いが暑さと相まって、体から力を奪っていく。あつい、と呻いてブラウスの胸元を扇いでも、生ぬるい空気が体を撫でるだけだった。ボタンを一個外し、袖を更に捲った。
 無言で坂を上り、その勢いで下っていく。海が近くなる。灰色のコンクリートブロックを行儀悪くよじ登り、砂浜に降り立った。顔なじみの小学生達が楽しげに海に入って遊んでいる。掛けられる声に応えながらローファーと靴下を脱ぎ、両手に持った。

「今日もあそこ行くの?」

 小学生の一人が指さしたのは、砂浜で繋がった、離れ島だった。

「そうだよ」
「あー、あのお兄さん」
「今日もいるよー」
「ありがと」

 目的の人は今日も離れ島にいるようだ。小学生達に手を振って、裸足で砂浜を歩く。満潮時には消えてしまう、離れ島への道を行く。



 コンビニに売られた一つ三百円程度の安っぽいマニキュアを、少しずつ買い溜めていく。自分の部屋の勉強机に置かれたマニキュアは値段相応に安っぽく、それが自分にはよく似合っているようにも思えた。今日新しく買った三色を見栄え良く並べようと手に取った。深い青、クリームソーダに似た緑、電球のような黄色。
・ゴーストライター


携帯電話を煩わしげに見やり、失礼、と一言耳に当てた。顔を羽住とは逆方向に背ける。羽住もまた逆に顔を向け、電話を聞かない姿勢を作る。久賀の横にいたはずの八千代さんが羽住の目線の先に移動してきた。彼女もまた、久賀の電話を聞かないようにしているような気がした。


不機嫌そうな声の後、彼は立ち上がった。

「仕事が入ったので、これで失礼する」
「こちらこそ、ありがとうございました」

「ところで、久賀さんはどんな仕事を?」
何も知らないふりをして、それとなく聞いてみる。久賀はいつものように無表情だった。

「秘密だ」
色素の薄いボブショートの髪、灰色がかった青い目、細い首。薄く開いた唇からのぞいた白い歯や、しみの無い肌。これがわたしという人間だと認識するのに時間がかかった。これはわたし。わたし。フロウと言う名の、記憶のない人間。
タイル張りの浴室の、鏡の前に立ち尽くす。体に合わないシャツを着た少女がわたし。何度も何度も確認する。わたしの名前はフロウ。わたしに記憶は、無い。
裸足で浴室から出ると、ソファーに寝転がった男がいた。わたしに気付いて気怠げに体を起こし、てっぺんからつまさきまで見て、またソファーに体を埋めた。その向かい側のソファーに座って膝を抱えた。同じように、つまさきからてっぺんまで見つめてみる。

「……どうした」

いぶかしげに聞かれたので、なんでもないと首を横に振った。彼は不思議そうな目をしていたけれどそれより眠気が勝ったらしかった。彼はそのまま瞼を閉じて眠ってしまった。
わたしは彼の本当の名前を知らない。ただ、レリックと呼んでいる。
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