あなたはずっと少女のままでいてね。母の言葉が頭の中で響く。
まるで呪いのようにわたしの頭に、耳に、体に染みついた言葉は鎖か何かのようにこの手を縛り付けてくる。わたしはそれを振り切って穴を掘る。さして広くもない庭に、深い深い穴を掘る。小さな、玩具みたいなスコップは軽いはずなのに重い。鮮やかに芽吹き始めた草を踏みにじり、指先で残酷にむしり、少しずつ土を削り、側に盛る。
あなたはずっと少女のままでいてね。スコップで地面を穿つたびに母の声はわたしの中で再生されて、そのたびに締め付けが酷くなる。体が上手く動かない。半開きの唇から涎がつう、と落ちて土に丸く模様を描く。糸を引いたそれは落ちきるとぷつんと音も立てずに途切れ、冷えた外気に晒され生温さを奪われていく。
決して寒いはずではないのだ。日々落ちるのが遅くなる太陽は今、わたしのちょうど頭上で燦々と輝き眩しい金色を地面に放つ。遠いアスファルトが陽炎をたちのぼらせ、道端のつぼみは今か今かと花咲く時を待つ。
まるで呪いのようにわたしの頭に、耳に、体に染みついた言葉は鎖か何かのようにこの手を縛り付けてくる。わたしはそれを振り切って穴を掘る。さして広くもない庭に、深い深い穴を掘る。小さな、玩具みたいなスコップは軽いはずなのに重い。鮮やかに芽吹き始めた草を踏みにじり、指先で残酷にむしり、少しずつ土を削り、側に盛る。
あなたはずっと少女のままでいてね。スコップで地面を穿つたびに母の声はわたしの中で再生されて、そのたびに締め付けが酷くなる。体が上手く動かない。半開きの唇から涎がつう、と落ちて土に丸く模様を描く。糸を引いたそれは落ちきるとぷつんと音も立てずに途切れ、冷えた外気に晒され生温さを奪われていく。
決して寒いはずではないのだ。日々落ちるのが遅くなる太陽は今、わたしのちょうど頭上で燦々と輝き眩しい金色を地面に放つ。遠いアスファルトが陽炎をたちのぼらせ、道端のつぼみは今か今かと花咲く時を待つ。
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何故こんなことを、と嘆く女性の涙の美しさが目から離れない。
「貴方、好きだったと言っていたじゃありませんか」
彼女が泣いているのは、私が彼女に摘むように頼んだ花をめちゃくちゃにしてしまったからだろう。つぶれて元の形も分からなくなった花を手に女性は泣く。私はその人の目から溢れる涙の美しさにただ見とれる。
「何故、こんなことを」
もう一度同じ事を繰り返した女性の目元に唇を寄せ、涙を浚う。
嗚呼確かに愚かなことだろう。人の好意を踏みにじる私は最低な男だ。
だがしかし、思うのだ。私はこの花を嫌ってなどいない。好きだったのだろう。だがそれはきっと偽物だ。なぜならばこの花を好いたのはこの人の手にあったからだ。あの日、あの時、この人がこの花を持っていなければ私は一生、この花を愛することはなかっただろう。
そして愛する人が手に入った今、この花を愛する必要もないのだ。
「泣かないでくれ」
嗚咽を漏らす愛しい人よ。貴方がここにいるのならば、私にこの花はもう、必要ないのだ!
「貴方、好きだったと言っていたじゃありませんか」
彼女が泣いているのは、私が彼女に摘むように頼んだ花をめちゃくちゃにしてしまったからだろう。つぶれて元の形も分からなくなった花を手に女性は泣く。私はその人の目から溢れる涙の美しさにただ見とれる。
「何故、こんなことを」
もう一度同じ事を繰り返した女性の目元に唇を寄せ、涙を浚う。
嗚呼確かに愚かなことだろう。人の好意を踏みにじる私は最低な男だ。
だがしかし、思うのだ。私はこの花を嫌ってなどいない。好きだったのだろう。だがそれはきっと偽物だ。なぜならばこの花を好いたのはこの人の手にあったからだ。あの日、あの時、この人がこの花を持っていなければ私は一生、この花を愛することはなかっただろう。
そして愛する人が手に入った今、この花を愛する必要もないのだ。
「泣かないでくれ」
嗚咽を漏らす愛しい人よ。貴方がここにいるのならば、私にこの花はもう、必要ないのだ!
シロウが来るのは土曜日の午後、高校の補習が終わった後だ。それなりのレベルの進学校に通うシロウ少年は、黒いエナメルバッグに教科書とノートと辞書とタオルとジャージを詰めて私が住む一軒家にやってくる。昼ご飯を用意するのは私だ。育ち盛りの少年は、人一倍の量を食べる。
パスタを茹でながらレタスの水気を切り、つやつや輝くトマトを切る。もうもうと上がる湯気を手で払いながら鍋の中身をかき混ぜた。あと数分で茹で上がるだろう。サラダボウルを取り出して、その中にちぎったレタスと六等分したトマトを入れる。それに油を抜いたシーチキンを載せればサラダの完成だ。シロウが愛してやまないゴマドレッシングと、私愛用の和風ドレッシングを食卓に出し、向かい合った席のちょうど真ん中にサラダを置く。
シンクの下からざるを出して水洗いし、鍋の中身をのぞき込んだ。ぐつぐつ茹だった透明な湯の中で、黄色のパスタがぐにゃぐにゃ曲がりながら踊っていた。そろそろ良いだろう。重い鍋の中身をざるにあけると目の前が見えなくなるほどの湯気が私を襲う。それに辟易しながらバターを入れて混ぜていると、ちょうど玄関から少年の声がした。ただいま、なのか、おじゃまします、なのか、はたまたこんにちは、なのか。残念ながらお湯が流れる音ではっきりとは聞こえなかったが、シロウの声であることは確かだった。
軽い足音は慣れた様子で洗面所に向かう。手を洗っているのだろう水音を聞きながら、私はアスパラと生ハムのソースにパスタを絡めた。あっさりとしたパスタを二つの皿に分け、ハーブで飾る。シロウの皿は私に比べて大盛りだ。その代わり、私の分にはハーブを多めに飾る。
古びた床を軋ませ、手を洗い終えたシロウがひょっこりと顔を出した。
「いらっしゃい。お昼ご飯出来たよ」
「なに?」
「サラダと生ハムのパスタ。生ハム食べたいって言ってたでしょ」
手を洗ってきたシロウは私の横にやってきて、嬉しそうに目を細めてパスタの皿を持って行く。二人分のフォークや箸が入ったカトラリーとグラスを出すと、それも持って行く。あとは取り皿を頼み、私は冷蔵庫からお茶を出した。運び終えたシロウは既に自分の席についていた。音量を抑えてつけたテレビからは当たり障りのない旅行番組が流れている。
私が彼の向かい側に座ると、どちらともなくフォークを手に取り、いただきます、と呟き合う。私とシロウの間にある会話は多くない。時々テレビの内容に触れ、それにシロウの学校生活や最近の出来事の話が混ざる。食事はごくごく静かなものだ。会話は続くときもあれば短く終わる時もある。それを寂しいと思ったことはない。私もシロウも、おしゃべりな性格ではないからだろう。
シロウは特に好き嫌いはないらしい。何を出してもぺろりと平らげる。食べっぷりは見ているこちらも気持ち良いもので、今日も私より多い量を、私より早く食べ終えた。何も残っていない皿を前に、シロウは私が食べ終えるのをゆっくり待つ。お茶をグラスに注ぎ直し、それを片手にテレビや私をぼんやり眺める。
私はちらりとシロウを見た。テレビに視線を向けた少年の横顔には、まだ微かな幼さが残っている。けれど男性らしい精悍さも含んだ顔かたちは、きっと同年代の少女たちには魅力的に映るだろう。爪を短く切りそろえた、大きな手がチャンネルを変えた。バラエティー番組につまらなそうな視線を投げかけるシロウは、しかし、今まで一度も浮ついた話を私に聞かせたことはない。聞かせるつもりがないのか、私に気を遣っているのか。はたまたそういう出来事がないのか。
テレビがまた旅行番組に変わり、スタッフロールが流れる。最後に白い花が映り、番組は終わった。名前の分からない白い花はいつも旅行番組の終わりにちらりと出てきて、奇妙に私の頭の中に焼きついて離れない。綺麗な花だ。花束か何かにされて人からもらったら、きっとすてきだろう。
皿にへばりついた生ハムの一枚を食べ終わると、また二人で小さくごちそうさまでした、と呟き合って食事は終わる。シロウは自分のと私のコップにお茶を注いでくれた。
「今日はクッキーにしようと思うんだけど」
「チョコチップと紅茶っぽいのが良い」
皿を重ねながら今日のおやつについて話すと、シロウは自分の希望を言葉少なに教えてくれる。そして彼はいつも通り二人分の食器をシンクへ運んだ。残ったお茶を飲み干しグラスを手に取り、ついたままのテレビを消す。私より頭一つ分身長が高いシロウは、窮屈そうに体を縮めて洗い物をしていた。
※サークルの原稿として提出しようと考えているけれども書き終えられないような気がする
パスタを茹でながらレタスの水気を切り、つやつや輝くトマトを切る。もうもうと上がる湯気を手で払いながら鍋の中身をかき混ぜた。あと数分で茹で上がるだろう。サラダボウルを取り出して、その中にちぎったレタスと六等分したトマトを入れる。それに油を抜いたシーチキンを載せればサラダの完成だ。シロウが愛してやまないゴマドレッシングと、私愛用の和風ドレッシングを食卓に出し、向かい合った席のちょうど真ん中にサラダを置く。
シンクの下からざるを出して水洗いし、鍋の中身をのぞき込んだ。ぐつぐつ茹だった透明な湯の中で、黄色のパスタがぐにゃぐにゃ曲がりながら踊っていた。そろそろ良いだろう。重い鍋の中身をざるにあけると目の前が見えなくなるほどの湯気が私を襲う。それに辟易しながらバターを入れて混ぜていると、ちょうど玄関から少年の声がした。ただいま、なのか、おじゃまします、なのか、はたまたこんにちは、なのか。残念ながらお湯が流れる音ではっきりとは聞こえなかったが、シロウの声であることは確かだった。
軽い足音は慣れた様子で洗面所に向かう。手を洗っているのだろう水音を聞きながら、私はアスパラと生ハムのソースにパスタを絡めた。あっさりとしたパスタを二つの皿に分け、ハーブで飾る。シロウの皿は私に比べて大盛りだ。その代わり、私の分にはハーブを多めに飾る。
古びた床を軋ませ、手を洗い終えたシロウがひょっこりと顔を出した。
「いらっしゃい。お昼ご飯出来たよ」
「なに?」
「サラダと生ハムのパスタ。生ハム食べたいって言ってたでしょ」
手を洗ってきたシロウは私の横にやってきて、嬉しそうに目を細めてパスタの皿を持って行く。二人分のフォークや箸が入ったカトラリーとグラスを出すと、それも持って行く。あとは取り皿を頼み、私は冷蔵庫からお茶を出した。運び終えたシロウは既に自分の席についていた。音量を抑えてつけたテレビからは当たり障りのない旅行番組が流れている。
私が彼の向かい側に座ると、どちらともなくフォークを手に取り、いただきます、と呟き合う。私とシロウの間にある会話は多くない。時々テレビの内容に触れ、それにシロウの学校生活や最近の出来事の話が混ざる。食事はごくごく静かなものだ。会話は続くときもあれば短く終わる時もある。それを寂しいと思ったことはない。私もシロウも、おしゃべりな性格ではないからだろう。
シロウは特に好き嫌いはないらしい。何を出してもぺろりと平らげる。食べっぷりは見ているこちらも気持ち良いもので、今日も私より多い量を、私より早く食べ終えた。何も残っていない皿を前に、シロウは私が食べ終えるのをゆっくり待つ。お茶をグラスに注ぎ直し、それを片手にテレビや私をぼんやり眺める。
私はちらりとシロウを見た。テレビに視線を向けた少年の横顔には、まだ微かな幼さが残っている。けれど男性らしい精悍さも含んだ顔かたちは、きっと同年代の少女たちには魅力的に映るだろう。爪を短く切りそろえた、大きな手がチャンネルを変えた。バラエティー番組につまらなそうな視線を投げかけるシロウは、しかし、今まで一度も浮ついた話を私に聞かせたことはない。聞かせるつもりがないのか、私に気を遣っているのか。はたまたそういう出来事がないのか。
テレビがまた旅行番組に変わり、スタッフロールが流れる。最後に白い花が映り、番組は終わった。名前の分からない白い花はいつも旅行番組の終わりにちらりと出てきて、奇妙に私の頭の中に焼きついて離れない。綺麗な花だ。花束か何かにされて人からもらったら、きっとすてきだろう。
皿にへばりついた生ハムの一枚を食べ終わると、また二人で小さくごちそうさまでした、と呟き合って食事は終わる。シロウは自分のと私のコップにお茶を注いでくれた。
「今日はクッキーにしようと思うんだけど」
「チョコチップと紅茶っぽいのが良い」
皿を重ねながら今日のおやつについて話すと、シロウは自分の希望を言葉少なに教えてくれる。そして彼はいつも通り二人分の食器をシンクへ運んだ。残ったお茶を飲み干しグラスを手に取り、ついたままのテレビを消す。私より頭一つ分身長が高いシロウは、窮屈そうに体を縮めて洗い物をしていた。
※サークルの原稿として提出しようと考えているけれども書き終えられないような気がする
万葉集の中から気になった歌を取り出してそれから何かストーリーを作るだけ。
1259
「佐伯山卯の花持ちし愛しきが子をしとりてば花は散るとも」
佐伯山で卯の花を手にしていたのがいとしいのだが、さてその子を手に入れられたら、花は散ってしまっても良い。
1372
「み空ゆく月読壮士夕去らず目には見れども寄る縁も無し」
大空を渡る月読壮士は毎夜目には見るのだが、近づくすべもない。
1375
「朝霜の消やすき命誰がために千歳もがもとわが思はなくに」
朝の霜のように消えやすい命を、他の誰のためにも千年もありたいとは願わないことだ
4436
「闇の夜の行く先知らず行くわれを何時来まさむと問ひし児らはも」
闇夜のように行き先が分からずに旅立っていく私だのに、いつお帰りですかと聞いたあの子よ。
2655
「紅の裾引く道を中に置きてわれか通はむ君か来まさむ」
紅の裾を引いていかなければならない道を間において、私が通っていきましょうか。それともあなたがいらしてくださいますか。
2518
「吾妹子がわれを送ると白妙の袖ひづまでに泣きし思ほゆ」
吾妹子が私を送るとて、白妙の衣の袖が塗れるまで泣いたことが思われるよ。
1259
「佐伯山卯の花持ちし愛しきが子をしとりてば花は散るとも」
佐伯山で卯の花を手にしていたのがいとしいのだが、さてその子を手に入れられたら、花は散ってしまっても良い。
1372
「み空ゆく月読壮士夕去らず目には見れども寄る縁も無し」
大空を渡る月読壮士は毎夜目には見るのだが、近づくすべもない。
1375
「朝霜の消やすき命誰がために千歳もがもとわが思はなくに」
朝の霜のように消えやすい命を、他の誰のためにも千年もありたいとは願わないことだ
4436
「闇の夜の行く先知らず行くわれを何時来まさむと問ひし児らはも」
闇夜のように行き先が分からずに旅立っていく私だのに、いつお帰りですかと聞いたあの子よ。
2655
「紅の裾引く道を中に置きてわれか通はむ君か来まさむ」
紅の裾を引いていかなければならない道を間において、私が通っていきましょうか。それともあなたがいらしてくださいますか。
2518
「吾妹子がわれを送ると白妙の袖ひづまでに泣きし思ほゆ」
吾妹子が私を送るとて、白妙の衣の袖が塗れるまで泣いたことが思われるよ。
葬儀は青空の下、どこから溢れてきたのかとうんざりするほどの人の群れの中で行われた。
生前特に親しいというわけではなかったので、私は寺の庭に立っていた。小さな寺の中には参列者の全てが収まらなかったのだ。特に不満はなかった。その人一人死んだからといって私は特に何も感じなかったし、ああ、そうか、という、本当にその程度の感覚だった。
目を引いたのは、白と黒の幕の前を颯爽と歩く、黒い喪服の男だった。
若いというのに今時珍しい和服での参列らしい。男らしく骨張った手首がちらりと見え、それが妙に眩しかった。青空も同様に眩しかった。
生前特に親しいというわけではなかったので、私は寺の庭に立っていた。小さな寺の中には参列者の全てが収まらなかったのだ。特に不満はなかった。その人一人死んだからといって私は特に何も感じなかったし、ああ、そうか、という、本当にその程度の感覚だった。
目を引いたのは、白と黒の幕の前を颯爽と歩く、黒い喪服の男だった。
若いというのに今時珍しい和服での参列らしい。男らしく骨張った手首がちらりと見え、それが妙に眩しかった。青空も同様に眩しかった。