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Bernadette
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ねーmzk_mik、人生に疲れたなんでも屋とその人を嫌う人物とのファンタジー書いてー。



 タキに接する上で禁じられていることは三つある。
 一つ。彼を無理に起こさないこと。
 一つ。彼にむやみに触れないこと。
 一つ。彼の過去を詮索しないこと。

 ルカが朝の六時に起きて夜の十二時に寝るという正確な生活リズムを刻んでいるのとは裏腹に、彼女の雇い主であるタキの生活は不規則だ。故に彼と彼女が顔を合わせて食事を摂るということは滅多にない。
 そもそも、彼に雇われた世話係と言う名のメイドであるルカが、主人と共に食事を摂ること自体、ありえないことではあるのだが。
 それが、どう間違ったか、今彼女の目の前に並んでいるのは湯気の上がる温かなスープと焼きたてのパンにストロベリージャム、新鮮な野菜のサラダ、柔らかなスクランブルエッグの皿だった。そして全く同じ物がテーブルの対面にも並び、そこには銀色の髪の毛を寝癖で乱した主人が座っていた。
 躊躇いつつも椅子を引いて座れば、タキは無言のままルカを見、そしてフォークを手に取った。つられてルカもフォークを持ち、彼がスクランブルエッグを掬ったのを見届けてからそっとトマトを突き刺した。瑞々しいトマトの赤い皮が破れ、中の液体がいくらか溢れる。口に放り込み咀嚼を始めたところで、これは主人に合わせて食事を終わらせるべきか、それとも早めに食べ終わるべきか、考えを巡らせていた。
 勿論タキは一切そんなことは考えていないだろう。そもそも考える側ではないのだから仕方ない。ぬ、と手が差し出された。
「……はい?」
「ジャム」
「イチゴですが」
「……」
「……どうぞ」
 会話が上手く続かないのはいつものことだ。差し出された手にそっとジャムを載せた拍子に、手のひらに指が当たった。むやみに触れてはいけない、という言葉を思い出したが、これは不可抗力だろう、と誰にともなく言い訳をした。タキは蓋を開け、ストロベリージャムをパンに塗りたくっていた。
 その塗り方が妙に子供のようだったが、しかし彼はどこからどう見ても立派な大人だ。ライムグリーンの鮮やかな目が細くなる。一体どうしたのか、フォークにレタスを刺したまま見返すとふい、と視線を逸らされた。逸らされた、というよりは、壁に掛かったカレンダーに視線を移した、と言った方が正しいだろう。ぺろりと彼の舌が唇の端を嘗めた。やはり、どこか子供のような仕草だった。
 カレンダーには数日前から書き込まれた予定が並んでいた。赤いペンで書かれたことには、「魔女、来る」の一言だけだ。それでタキが分かっているのならばルカに問題はない。だがそれで済まないのだからこの仕事は憂鬱だ。
「茶の用意」
「はい。紅茶でよろしいですか」
「なんでも良いんじゃねえの」
 それでは困るのだ、という言葉を飲み込み、代わりにスープをひとすくい、口にする。
「どうせ知り合いだ。何を出しても文句は言わないだろうよ」
「……かしこまりました」
 一つ。彼の過去を詮索しないこと。頭の中で約束がぐるぐると回っている。詮索したいとは思わないが、もしも出来たならば会話がもっと続くのだろうか、と考えた。例えば、「魔女とは何年ほどの付き合いなのですか」などと聞くことが出来れば。しかしそれは詮索の類に入ってしまうのだろう、とルカはやはり、口を閉じるしかない。
 では朝食を終えたら準備をしよう、と動かす手を早めた瞬間だった。
「おい、伏せろ」
「え」
 目を丸くしたルカへ主人が鼻を鳴らす。慌てて首をかくん、と下げた、その頭上をひゅん、と何かが飛んでいった音がした。一気に背筋が凍った。よっぽど振り返りたかったが、しかしまだ頭を上げて良いとは許しが出ていなかった。おそるおそるタキを盗み見ると、彼の鮮やかな目がじっとルカの背後を見つめていた。
「こんにちは、便利屋さん。相変わらず辛気くさい顔をしていらっしゃるのね」
「朝から煩いヤツだな」
 聞き覚えのない女性の声に、タキはいつもと変わらない調子で答えた。そろそろ顔を上げても良いだろうかと少し頭を持ち上げたところで、また頭上を嫌な音が走っていった。
「フォークにスプーンに、ずいぶんと手癖の悪いこと」
「まあな。嫌ならさっさと回れ右。帰れ」
「嫌な人。だから嫌いなのよ」
「安心しろ、俺も大嫌いだ」
「さっさと死んでしまったらよろしいのに」
「それが出来れば苦労していない」
 頭上で交わされる会話に冷や汗をかきながら、ルカはただ顔を伏せていた。冷め始めた朝食を目の前に殺気だった言葉が延々と投げては投げ返され、間に挟まれたルカはひどくいたたまれない気分だった。タキの手が手持ち無沙汰に揺れている。持っていたフォークもナイフも、女性に向けて投げてしまったが故にそこにはない。次に狙われるのはストロベリージャムの瓶だろうかと思い至り、目の前が眩んだ。掃除や片付けをするメイドの身にもなって欲しい。
「で、わざわざ大嫌いななんでも屋のところにやってきた用件はなんだ。さっさとしろ。さっさとしないと」
 するりと彼の手が伸びたのは、予想通りストロベリージャムの瓶だった。
 喧嘩だったらよそでやれ、という言葉を、やはりルカは飲み込んだ。

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