こんな夢を見た。
持っているお猪口に酒がたっぷりと注がれた。それをちびちび飲みながら私は皿に盛られた肉をつまむ。うまい肉だ。たれはちょうど良い塩梅で、焼き加減も申し分ない。
「うまいか」
「ああ、うまい」
目の前に座る男に問われたので、私は素直に頷いた。男も私と同じようにお猪口を持っていた。ただし彼の前には肉はない。代わりに刺身が置かれていた。
男は小皿に醤油を差し、わさびをつけ、刺身を一切れ箸でつまんだ。脂がてらてら七色に輝く魚の身は透明に近い白だった。あれもずいぶんと良い魚を使ったのだろう。男は醤油をつけ、わさびを乗せてそれを食った。私もまた肉を食った。
「なあ君、それは何の刺身なんだい」
別段、刺身を食べたかった訳ではない。ただ単純にその魚が気になっただけだった。我々はお互いが食べるものについていちいち説明をつけることを好まない。ゆえに私には男が食べている魚も私自身が食べている肉の中身も知らないのだ。だがどうしても気になって問うてみると、口にしていた刺身を飲み込んだのち、男はニヤリと笑った。
「こいつは人魚の下半身さ」
「ほう。うまいかい」
「ああ、うまい」
心の底からうれしそうに男は言った。あまりに満足げだったので思わず私も笑ってしまった。ぐい、とお猪口を空けると男が徳利で新しい酒を注ぐ。華やかな香りのする酒だ。そのわりにあっさりしていて肉の濃い味をするりと流す。口にすると鼻腔をその華やかな香りが抜けていってなんとも言えない素晴らしさがあった。
新しい料理が運ばれてきた。小鉢に豆腐のような白い物が入っていた。新しい酒もきた。美しい給仕はそれを卓に置くと、丁寧に礼をして部屋を去った。
私は興味津々にその小鉢を見た。白いものはどうやら豆腐ではないらしい。つつくと柔らかかった。男は既に箸でそれをすくって食べている。食わぬ私を不思議そうな目で見ていた。
「どうしたんだい、うまいぞ。これは」
「そうかい。それじゃあいただくとしよう」
おそるおそる箸で崩すと、白いものはただ四角く固められていただけだったということが分かった。おそらくもとは四角くなかったに違いない。においはしなかったが濃厚な味がした。今まで食べたことのない味だ。肉のようにうまい、と手放しに言えるものではなかったが、なるほど、珍味と言えばそうかもしれない。酒にはよく合う味だった。
「ふむ、良いんじゃないかな。悪くない」
「そうだろう。君は話が通じて助かるよ。なかなか皆は認めてくれないんだ」
「ほう。なぜだろう」
「それはたぶん、人魚の脳味噌なんぞ食いたくないからだろうよ」
なるほど、と私は思わず手をたたいた。確かにそれならば今まで食べたことがなくて当然だろう。同時にあまりのことに笑いたくなった。どこに人魚の脳味噌なぞ食べたい奴がいるのか。いや、ここにいるではないか、二人ほど。
「うん、酒のつまみに良いね。珍味だ」
「だろう。人魚は下半身だけじゃない。上半身もその脳味噌もうまいんだ」
「ほう、で、その上半身は?」
「君、寝ぼけているのかい」
男は目を丸くして言った。
「君がさっきからつまんでいるその肉、何の肉だと思って食べているんだい」
ぽつりぽつりと話しつつ食べては飲み、夜明け頃には宴は終わった。私も男も膨れた腹を笑いながら眠気に重くなった瞼をこすり、次に会う日を決めた。
「次は君の番だ」
今回は男が宴を開いたので、次は私の番だ。
「悪食家の名に恥じぬものを頼むよ」
「任せてくれ。君の期待の斜め上のものを出してやろう」
言い合って、私たちは別れた。
持っているお猪口に酒がたっぷりと注がれた。それをちびちび飲みながら私は皿に盛られた肉をつまむ。うまい肉だ。たれはちょうど良い塩梅で、焼き加減も申し分ない。
「うまいか」
「ああ、うまい」
目の前に座る男に問われたので、私は素直に頷いた。男も私と同じようにお猪口を持っていた。ただし彼の前には肉はない。代わりに刺身が置かれていた。
男は小皿に醤油を差し、わさびをつけ、刺身を一切れ箸でつまんだ。脂がてらてら七色に輝く魚の身は透明に近い白だった。あれもずいぶんと良い魚を使ったのだろう。男は醤油をつけ、わさびを乗せてそれを食った。私もまた肉を食った。
「なあ君、それは何の刺身なんだい」
別段、刺身を食べたかった訳ではない。ただ単純にその魚が気になっただけだった。我々はお互いが食べるものについていちいち説明をつけることを好まない。ゆえに私には男が食べている魚も私自身が食べている肉の中身も知らないのだ。だがどうしても気になって問うてみると、口にしていた刺身を飲み込んだのち、男はニヤリと笑った。
「こいつは人魚の下半身さ」
「ほう。うまいかい」
「ああ、うまい」
心の底からうれしそうに男は言った。あまりに満足げだったので思わず私も笑ってしまった。ぐい、とお猪口を空けると男が徳利で新しい酒を注ぐ。華やかな香りのする酒だ。そのわりにあっさりしていて肉の濃い味をするりと流す。口にすると鼻腔をその華やかな香りが抜けていってなんとも言えない素晴らしさがあった。
新しい料理が運ばれてきた。小鉢に豆腐のような白い物が入っていた。新しい酒もきた。美しい給仕はそれを卓に置くと、丁寧に礼をして部屋を去った。
私は興味津々にその小鉢を見た。白いものはどうやら豆腐ではないらしい。つつくと柔らかかった。男は既に箸でそれをすくって食べている。食わぬ私を不思議そうな目で見ていた。
「どうしたんだい、うまいぞ。これは」
「そうかい。それじゃあいただくとしよう」
おそるおそる箸で崩すと、白いものはただ四角く固められていただけだったということが分かった。おそらくもとは四角くなかったに違いない。においはしなかったが濃厚な味がした。今まで食べたことのない味だ。肉のようにうまい、と手放しに言えるものではなかったが、なるほど、珍味と言えばそうかもしれない。酒にはよく合う味だった。
「ふむ、良いんじゃないかな。悪くない」
「そうだろう。君は話が通じて助かるよ。なかなか皆は認めてくれないんだ」
「ほう。なぜだろう」
「それはたぶん、人魚の脳味噌なんぞ食いたくないからだろうよ」
なるほど、と私は思わず手をたたいた。確かにそれならば今まで食べたことがなくて当然だろう。同時にあまりのことに笑いたくなった。どこに人魚の脳味噌なぞ食べたい奴がいるのか。いや、ここにいるではないか、二人ほど。
「うん、酒のつまみに良いね。珍味だ」
「だろう。人魚は下半身だけじゃない。上半身もその脳味噌もうまいんだ」
「ほう、で、その上半身は?」
「君、寝ぼけているのかい」
男は目を丸くして言った。
「君がさっきからつまんでいるその肉、何の肉だと思って食べているんだい」
ぽつりぽつりと話しつつ食べては飲み、夜明け頃には宴は終わった。私も男も膨れた腹を笑いながら眠気に重くなった瞼をこすり、次に会う日を決めた。
「次は君の番だ」
今回は男が宴を開いたので、次は私の番だ。
「悪食家の名に恥じぬものを頼むよ」
「任せてくれ。君の期待の斜め上のものを出してやろう」
言い合って、私たちは別れた。
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