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 あの日のことは、正直に言うとよく覚えていない。ただ、雨が降っていたのは覚えている。雨が降っていたからこそ、私はあのレストランに入ったのだった。傘を持たない私は雨の中を必死で走りながら、レストランの扉を開けた。そう、ちょうど夕食時だった。雨の匂いと、家々から流れる夕食の匂い。レストランの中は同じ匂いがした。私が雨の匂いを引き連れてきたのだった。
 雨にけぶる街並は薄暗かった。レストランの照明もそう明るくはなかった。濡れた肩と鞄を気にしながら私は一つのテーブルに腰掛けた。静かなものだった。客はあまりいなかったと思う。誰も彼も話をしていなかったような気がするが、これは私の記憶違いかも知れない。なにせその時の私の頭の中は自分が書いた記事のことでいっぱいだったからだ。ライターになって初めての仕事が収められた鞄の中身が濡れていないか、そのことばかり心配していた。
 だからこそ、テーブル一杯に紙を広げたのだ。
 そうして、あの人と会ったのだ。


自分の書いた記事が好きだと手紙をくれた人に会おうとして探してみると、どうやらその人は明治時代に死んだ人らしい。だがその人が住んでいたという住所は分かる。行ってみると近所のレストランだった。でもそのレストランは既に廃墟。おかしい数日前に食べにきた時は確かにいたのに。
このレストランはしばらく前に閉店したんだろう電気やら水道やらの請求書が溜まってたから。数日前に入った店は過去に遡っていて、自分はそこで明治時代の人と会ったんじゃなかろうか。そして記事を渡したと。どうやって手紙がきたのかは分からん。
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