コンビニで買ったチョコレートと紅茶を片手に階段を上る。四階までひたすら足を動かす。夏野はエレベーターが嫌いだ。暑さと体のだるさに耐えながら、ただただ足を動かし上を目指す。頭の中を空っぽにする。
打ちっ放しのコンクリートは部屋の中まで続く。四階の一番奥、通い慣れた部屋のドアを開けると、やはり同じような灰色のコンクリートが広がっていた。違うのは体感温度で、エアコンで冷やされた空気が剥き出しの肌を撫でた。ローファーを脱いだフローリングもやはり冷たい。僅かに開いたリビングの冷気が玄関まで届いているのだ。脱いだ靴を揃えようとして、そこに家主以外の靴があることに気付いて手を止めた。女物の、シンプルなパンプスだった。どうやら客がいるらしかった。
客がいる中に行くのもどうかと考え、もう一度ローファーに足を入れようとしたところで、リビングから声がかかった。
「夏野」
家主だった。
ためらったのはほんの二、三秒で、夏野は半分履いていたローファーから足を抜いた。短く息を吐き、リビングに入る。高い天井と同じ高さの窓から差し込む日差しで眩しい部屋は灰色と、調度品のモノクロばかりが目立った。脇に置かれた観葉植物の色が霞んだ部屋の中心には黒いソファーが向かい合って置かれ、右側には家主が、左側には見知らぬ女性が座っていた。
暑い夏の日にも関わらず、座っている女性はダークグレーのスーツを着込んでいた。ウェーブがかった髪は地毛なのか否か、チョコレートを思わせる色をしていた。そこで手にしていたコンビニの袋の中身を思い出した。チョコレートは溶けていないだろうか。
女性と目が合った夏野は慌てて頭を下げた。女性もまた、にっこり笑って頭を下げた。人好きのする笑顔だった。
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