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Bernadette
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 美術大学に所属している身で言うのもなんだが、個性を主張するほど没個性的になっていく気がする。自分と同じように美術大学に入ってきた皆さんはどうやら個性的でありたいと願って美術を志しているらしい。口々に言う彼らを見ていると、だんだんとくちばしをぱくぱくさせる鳥のように見えてきて仕方ない。彼らの外見はまったくと違うけれども鳴き声はまったく同じなのだ。どうせならファルセットの一つでも出してみればいい。
 かくいう私はそういうことをこれっぽっちも考えずに入学してきたので、個性を叫ぶ周囲の中では少しおかしい存在だったかもしれない。私が美術大学を目指した理由は、結局造形に関して学びたいという、当然と言えば当然の理由だった。そんな人間が個性的と言われているこの皮肉さといったら。ご愁傷様。

 ミロのビーナスがある。
 あの像には両腕がない。それは周知の事実だ。
 では、あの失われた両腕を再現してみるというのは?
 おそらくそんなことを言えば失笑されるだろう。自分も十分理解している。再現するなど不可能なのだ。何せ、誰もその両腕がどんなものだったのかを見たことがないのだから。見たことのない物をを想像し、造形する。それが本物に限りなく近くなることはあるだろうけれども、結局は本物ではないのだ。しょせん想像の一つでしかない。
 おそらく私がしようとしているのもそういうことなのだろう。頭部と胴体、右腕。それ以外を私は作り出そうとしている。本物など見たことなど無いのに想像だけで再現しようとしている。勿論、不可能だと言うことは分かっているのだ。
 それでも必死で造形を学び、手を粘土で汚し、塗料で斑になる。私を突き動かしているこの衝動は一体何なのか。もしかしたら恋、なのかもしれない。

 私がその人形を見つけたのは、おそらく十歳前後だろうその人形と同じくらいの歳だったと思う。
 死んだ祖父が持っていた蔵の、一番奥に、豪奢な椅子に座っていた。座っていたと言うよりおかれていた、と言った方が良いかもしれない。人形は埃一つ被っていなかった。
 等身大の人形は、薄墨色の着物を着ていた。だがその体が不完全であることは着物の上からでも分かった。憂いに満ちた顔、首筋を辿って上半身、着物の袖から覗く右手。しかし左手はない。そして足もない。
 とても綺麗な人形だった。等身大の人形などマネキンぐらいしか見たことがなかった。黒とも灰色ともつかない瞳を縁取る長い睫毛、薄桃色の唇、長い黒髪。現実的すぎる造形は不気味を生み出すが、現実と想像のぎりぎりのラインの上に成り立つ人形だった。
 幼い私はその人形を見て心に決めたのだ。この人形が無くした左腕と両足を探そう。見つからないというのなら作り出そう。この人形を完成させよう。
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 夏野がその時計を見つけたのは、冬峰が倉庫にしている一室の棚の中だった。大事そうに白い箱に布に包んで入れられた時計は男物で、箱の黄ばみ具合や時計のデザインから古い物であることは明らかだった。時計は六時十二分を指して止まっていた。日付は四日だ。デザインは古めかしいが、良い時計であることは夏野にも分かった。おそらく高級品だろうということも感じた。
 その時計が一体どんな物なのか、冬峰に聞こうと思ったのはただの好奇心からだった。
 冬峰は夏野が持ってきた時計を見て目を眇めた。懐かしむように布を取り払い、壊れ物を扱う手つきで時計のベルトを持った。くすんだ銀色の時計盤を指先でなぞる。穏やかな表情でソファーに座った冬峰は、やはり穏やかな声をしていた。
「私の友人の時計だ。さして珍しくもない、どこにでもある、まあそれなりの値段がする時計だな」
「いただいたんですか」
「遺品としてな」
 撫でていた時計盤を、今度は指先で軽く叩いた。
「自殺だったが。良いヤツだったよ、だが馬鹿なヤツだった。もう少しで結婚式を挙げるという時に、妻になる女性を残して飛び降りた。その時女性の腹には子供がいたらしい」
「彼は知っていた?」
「いいや知らなかった。女性もヤツが死んでから気付いたという。そしてその女性も、子供を産んでまもなく死んだ。同じ場所から飛び降りたらしい」
 動いていた指が止まる。
「何かを抱えていたのかも知れない。だが、最後までそれを誰かに見せてはくれなかったよ」
「…………」
「話したところで助けてくれる訳も無いと知っていたんだろうな。それでも私は未だに思う」
 慈しむように時計を手のひらで包んだ、冬峰は確かに笑っていた。夏野が初めて見る、悲しげな微笑だった。
「ほんの少しでも良い、私に言ってくれれば良かったのに」
「……冬峰、さん」
 かける言葉が見つからず、ただ名前を呼んで夏野は黙った。目を伏せた冬峰は時計を静かにテーブルに置いた。時計の針は少しも進んでいない。それを一瞥して、冬峰は立ち上がった。
 さっきまで浮かべていた悲しげな表情は微塵も残っていなかった。いつもと同じ、無表情には見えない無表情でいつものように扇子を開く。
「さあ、仕事だ」



 コンビニで買ったチョコレートと紅茶を片手に階段を上る。四階までひたすら足を動かす。夏野はエレベーターが嫌いだ。暑さと体のだるさに耐えながら、ただただ足を動かし上を目指す。頭の中を空っぽにする。
 打ちっ放しのコンクリートは部屋の中まで続く。四階の一番奥、通い慣れた部屋のドアを開けると、やはり同じような灰色のコンクリートが広がっていた。違うのは体感温度で、エアコンで冷やされた空気が剥き出しの肌を撫でた。ローファーを脱いだフローリングもやはり冷たい。僅かに開いたリビングの冷気が玄関まで届いているのだ。脱いだ靴を揃えようとして、そこに家主以外の靴があることに気付いて手を止めた。女物の、シンプルなパンプスだった。どうやら客がいるらしかった。
 客がいる中に行くのもどうかと考え、もう一度ローファーに足を入れようとしたところで、リビングから声がかかった。
「夏野」
 家主だった。
 ためらったのはほんの二、三秒で、夏野は半分履いていたローファーから足を抜いた。短く息を吐き、リビングに入る。高い天井と同じ高さの窓から差し込む日差しで眩しい部屋は灰色と、調度品のモノクロばかりが目立った。脇に置かれた観葉植物の色が霞んだ部屋の中心には黒いソファーが向かい合って置かれ、右側には家主が、左側には見知らぬ女性が座っていた。
 暑い夏の日にも関わらず、座っている女性はダークグレーのスーツを着込んでいた。ウェーブがかった髪は地毛なのか否か、チョコレートを思わせる色をしていた。そこで手にしていたコンビニの袋の中身を思い出した。チョコレートは溶けていないだろうか。
 女性と目が合った夏野は慌てて頭を下げた。女性もまた、にっこり笑って頭を下げた。人好きのする笑顔だった。



 キャンバス一杯に描かれた花と、それに埋もれる女性の絵が、壁に掛けられていた。女性は目を閉じ、僅かながら口の端を上げて微笑んでいた。花の色にはありとあらゆる色が使われ、代わりに女性はモノトーンだ。髪は黒く、肌は白い。胸元で組まれた手と顔以外、女性のパーツは全て花に埋もれている。唯一の色は、唇のうっすらとした桃色だった。
「夏野、お前にはこの女性がどうしているように見える?」
 いつの間にか冬峰が後ろにいた。さっきまで別の絵を見ていたはずの彼は夏野と同じように絵を見ていた。
「……眠っているように」
「嘘だな」
 間髪入れず冬峰が言う。確かにその通りだった。適当に答えただけだった。夏野の目にはこの女性が眠っているようには到底見えなかった。
「死んでいるようだな。棺桶に一杯の花を詰めて、死化粧をして」
 冬峰のその言葉に、夏野はただ頷いた。鮮やかなようでいて中心であろう女性はどこまでも単純な色で表現されている。白と黒、そして胸で組まれた手。真っ先に死を連想した、そんな絵だった。
 一歩後ろに下がり冬峰の横に並ぶ。彼の表情を盗み見ると、いつものように何を考えているのか分からない顔をしていた。手にした扇子は今は閉じられている。手首からのぞく時計の短針は四を指していた。そのことに夏野は少なからず驚いた。この展示場に来たのは三時を回るか回らないかといった時間帯だったはずだ。入ってすぐ、夏野はこの絵を見つけた。一時間近くこの絵に見入っていたらしい。自覚すると足の痛みや体の倦怠感が一気に迫ってくる。ため息をついた。
「私は、ずっとここでこの絵を」
「そうだな、ちょうど一時間といったところかな」
「で、その間冬峰さんは何を」
「他の絵を見つつ、お前がいつまでそこに根っこを張っているのか観察していた」
「だったらもっと早く声を掛けてくださいよ」
 渋面を作って言うと、冬峰はからかうように笑ってみせた。
「それで、お前はこの絵が気に入ったのか?」
 もう一度、壁に掛けられた絵を二人で見る。赤、青、黄、紫の花、白い顔、手、黒髪、唇の桃色。ありとあらゆる色が使われ混沌とした画面に描かれた女性は美しかった。だがその美しさには退廃的な匂いが漂い、夏野はただ眩暈を感じた。
 冬峰が畳んだ扇子で、絵の横を指した。つられてそちらを見る。絵の大きさにまったく合わない大きさの紙が壁に貼られていた。素っ気ない白い紙にはやはり素っ気ない黒で、作品のタイトルと作者が書かれていた。
「マリア、か」
 おそらくは女性の名だろう、絵のタイトルを冬峰が読み上げた。静かな展示会場にはその声は響かなかった。
 冬峰の住む家には、どういう訳か野良猫が住み着いている。
 野良猫と分かるのは首輪は何もつけておらず、黒い毛並みもボサボサだからだ。その猫は堂々と家の中に入ってくる。自分の家だと言わんばかりの態度でソファーに寝そべり、カーペットの上でごろごろし、そのくせ夏野や冬峰が毛並みを撫でようとすると勢いよく立ち上がって逃げる。おかげで今まで一度として、そのボサボサの毛並みが美しくなったことはない。
 冬峰が言った訳では無いが、夏野は彼が猫好きであると踏んでいる。野良猫は器用にもドアを開け、冬峰の書斎に入ってくる。それを咎めたことはないし、本が並んだ本棚の上に上ろうが何をしようが、彼は猫を放っておく。しかも、それまでしていた作業を止め、猫をじっと見つめている時さえある。その時の彼の表情がどこか和やかなのは、おそらく夏野の気のせいではない。
 その猫が、ここ数日姿を見せない。
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