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Ib「忘れられた肖像ED」後の小話



 からころ、から、ころ。口の中をキャンディが転がる。転がる。転がる。そして、かみ砕く。飴の破片が口の中を突き刺さる。鼻が痛いのはきっと、レモンの味が酸っぱすぎるだけなのだ。
 から、ころ。から。半分になった飴玉が、鋭利な断面で口の中を削る。痛いのかもしれない。目が熱い。泣き出す瞬間のそれに、よく似ていた。
「……ギャリー」
 目の前で、うつむき座り込む青年はぴくりとも動かない。
「ギャリー」
 返事はない。
 レモンキャンディを強く、強くかみ砕く。
 がりっ。


「美術館、楽しかった?」
 手を引く母が、振り返りつつイヴに問う。ほんの少しの間を置いて、イヴは小さく頷いた。いまだ美術館の穏やかな静寂が耳の中に残っていて、声を発することも大きく動くことも躊躇われたのだ。
 そう、と母親は微笑んだ。笑みには安堵も含んでいたのかもしれない。まだ九歳のイヴが美術館を楽しめるか心配していたのだろう。イヴは小さな声で、楽しかった、と呟いた。反対側を歩く父親もまた、満足げな顔をした。
「じゃあせっかくだし、どこか喫茶店にでも寄りましょう」
「そうしようか。歩いていたら喉が渇いたし」
 母親の提案に父親も同意する。間に挟まったイヴは無言でもう一度頷いた。そして手を引かれるままに両親についていく。きっとこのまま彼ら行きつけの喫茶店へ向かうのだろう。コーヒーの香りが漂う空間を想像して、唐突に甘いお菓子が食べたくなった。
 洋菓子店の前を通り過ぎる。なんとはなしにショーウインドウに目をやれば、カラフルなお菓子が可愛らしく飾られていた。
「イヴ?」
 足の運びがわずかに鈍り、それを母が訝しむ。なんでもないと首を横に振り、イヴは目に飛び込んできたお菓子達を振り切った。それらは視界から消え去ると、あっという間に色褪せ何でもない記憶に分類される。最初から無かった物のように、見てはいけなかった物のように、色鮮やかなお菓子はイヴの頭の中で封印される。
 口の中が妙に乾いていた。そして、甘い風味がした。美術館に来る前に、甘い物を食べた覚えはない。そして、美術館にいるときも、美術館を出た後も。
 舌で歯の裏を、口の中を、撫でるように確かめる。まだ小さな歯にくっつているのは何か食べた跡のそれなのか。まるで飴玉をかみ砕いた跡のようだ、と一人思う。飴を食べた記憶など、ここ数時間は無いというのに。
「お、良かった、開いてるみたいだ」
 父親の嬉しそうな声に現実に引き戻される。気付けば喫茶店は目の前にあった。
 口の中がひどく甘い。娘の奇妙な違和感を知らない両親は、いつものように笑っていた。
「さ、何を飲もうか、イヴ」
 ドアを開ける。ベルが鳴る。店員の声がする。コーヒーとクリームの匂い、そして人の気配。頭の中をよぎったのは、洋菓子店のショーウインドウだった。あのお菓子の名前はなんだったのか、イヴは知らない。ただ、何かを飲みたかった。冷たい水でも、酸っぱく甘いオレンジジュースでも、飲んだことのないコーヒーでも、とにかく何かを飲んで胃の中に流し込んでしまいたい。口の中のこのレモンに似た風味が消え去るなら、もうなんでも良い気がした。
 ただ、一刻も早く忘れたいのだ。


 がりり、と、砕いた飴の破片は突き刺さり、痛い痛いと泣き叫ぶ。
 あるいは、泣き叫んでいるのはイヴの、心だったのかもしれなかった。
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