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Bernadette
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 着ていたブレザーやブラウスを脱ぐと、暖房のぬるい空気が私の体を包み込む。狭いフィッティングルームには、キャミソール姿の私が鏡に映っていた。途端恥ずかしくなって、急いで壁に掛かっていた服を着る。少し乱暴に外してしまったから、ハンガーが落ちてからん、と音をたてた。
「だいじょうぶ?」
「だいじょうぶ、です」
 カーテン越しに聞かれて慌てて答えると、そう、と短い返事がきた。まほうつかいではなく、女の人の。たぶん、彼はこのショッピングセンターのどこかにいる。十中八九、ココアが出てくるようなお店に。
 買ったばかりのニットワンピースと柔らかいクリーム色のブラウスを重ねて、厚いタイツを履いた。それに、今まで着ていた紺色のピーコートと黒いマフラーを身につけて着替えは終わりだ。着ていた服は買い物袋に押し込んだ。ずっと着ていた学校の制服は、少し、重たい。
 カーテンをそっと開けると、女の人がぼんやりと立っていた。私が出てきたことに気付くと、しゃがみこんでブーツを片足ずつ差し出してくれた。
「どうぞ、お嬢さん」
 まるで絵本の中の王子様のようだ。でも恥ずかしさをあまり感じなかったのは、やっぱり性別のせいだろうか。もしもこれをあのまほうつかいにされたら、私は固まってしまうに違いない。
 真新しい編み上げブーツは、今まで履いていたストラップシューズに比べれば断然足下が暖かい。底が少し厚いのは、滑りにくいように加工しているかららしい。これから雪が降るようなところに行くなら、そっちの方が良いだろうと言ったのは、目の前で私を頭のてっぺんから爪先までじっと見ている女の人だった。
「きついところはない?」
「だいじょうぶ、です」
「なら良かった。服も似合ってるみたいだし」
 冬の寒さが厳しくなり始めて、まほうつかいは私の冬服を買おう、と言い出した。別に私は学校の制服でも十分だったのだけれど、これからもっと寒いところに行く時もあるだろうから、とまほうつかいは私の手を取ってショッピングセンターに連れて行った。
 そこで会ったのが、彼の知り合いの、魔女、だった。
「じゃあ、彼のところに戻ろうか」
 魔女は私の荷物を持ったまま、軽い足取りで歩き始めた。私もその後ろに続く。履き慣れないブーツだけれど、歩き心地は悪くない。もっと歩いたら慣れてくるだろう。緩んだマフラーをちょっと巻き直し、ぼさぼさの髪の毛を手櫛で梳く。魔女はちらりとこちらを見て、少し笑ったようだった。
「髪の毛、少し整えようか。おいで」
 どこからか取り出した櫛を軽く振って、魔女はすぐ近くにあったベンチに座った。ぽんぽん、とその隣を手のひらで叩いたので私も座る。魔女は慣れた手つきで私の姿勢を正し、髪の毛を梳き始めた。誰かに髪の毛を梳いてもらうなんて、ちょっとだけ懐かしい感覚だ。近くに寄ると、魔女からは少し甘い香りがした。
 まほうつかいは他の魔法使いや魔女に追われているみたいだけれども、この魔女はどうやら彼を追うつもりはないらしかった。むしろ追われていることをネタに爆笑するくらいで、彼は不機嫌なのか困っているのかすごく微妙な顔をしていた。彼は、自分が他の魔法使い達に追われる理由がさっぱり分からない。なのに彼が追われていることは魔法使い達の間では有名なのだと言っていた。
 あいにくあんたを追って遊ぶほど暇じゃないんでね、と言いつつ私の面倒を見てくれているこの魔女は、身長が高くて体はすらりとしている。中性的、と言うんだろうか。長いチョコレート色の髪の毛をハーフアップにしていて、目は穏やかな薄紫だ。そう言えば、この甘い匂いは藤の花の匂いに似ている気もする。
 魔女に髪の毛をくい、と引かれ、体が傾いだ。ちょっと我慢してね、と言われ、振り向きそうになっていた体を慌てて前に戻す。どうやら、髪の毛を結ってくれるらしい。
「お嬢さん、彼と世界中旅してるんだっけ」
「はい、二ヶ月くらい」
「二ヶ月か。そろそろ慣れてきた?」
「はい。このまえ、フランスに行ってきて、エッフェル塔を見てきたんです」
 魔女の手が優しく私の髪の毛を撫でる。
「楽しそうで何よりだ。でも、無理はしないように」
「無理?」
「君は女の子だからね。彼とは性別が違うわけだし、困ることもあるだろう」
 これ持って、と櫛を渡されたので受け取った。よく学校の女の子達が持ってるような、プラスチックのカラフルな櫛ではなく、艶のある黒い櫛だった。真っ黒だけれど模様が彫り込まれていてとても綺麗だ。
「何はともあれ、我慢しないようにな」
 強く髪の毛が引っ張られたけれど痛くはない。多分、ヘアゴムか何かで髪の毛を縛っているんだろう。
「そんなにがまん、してないですよ」
「そうか。なら、君はもっとわがままになって良い」
「わがままに?」
「わがままに。あれが欲しいこれが欲しいあそこに行きたいこれがしたい。そういうことを素直に言ってしまって良い、ということ」
 首を傾げると、ひんやりとした手が元の位置に戻す。そう言えばあの人の手も冷たかった。魔法使いはみんな手が冷たいんだろうか。




ボツ!!!!!!
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