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 ざくざくざくざく。
 氷をかじる。氷を砕く。細かく細かく細かく細かく。もともと細かい氷をさらに刻む。かじる。口の中で溶けきる前に何度もかじる。じゃりじゃりとした感触は、食べたこともない砂に似ている。
 くろさきぃ、と呼ぶと、灰色の浴衣を着た男が振り返った。片手には巾着袋を下げ、片手は幼い少女の手を握っていた。なんだよ、と言われて別に、と返す。安っぽいレモンの味はレモンとは思えないほどに甘い。口の中は黄色に染まっていることだろう。
 ざくざくざくざく。
「ギンおねえちゃん?」
 黒崎の右手をつかむ子供が問う。ギンコとこれっぽちも似ない妹は、不思議そうにギンコを見ていた。それに気づかないふりをして薄黄色い氷を口に放り込む。溶けることを許さないとでも言う勢いで、噛む。
 黒崎は苦笑していた。巾着を下げた方の手で指し示したのは綿飴の屋台だった。リン、綿飴食べないか? 妹は素直にうなずいた。ピンクに流行の魔法少女がプリントされた綿飴をねだり、黒崎は微笑みながらそれを店の主に頼んだ。うれしそうなリンの、柔らかな帯が揺れる。端が桃色のそれは金魚のおびれのようだ。それは、少女の浴衣が華やかなオレンジだからかもしれない。ギンコは自分の姿を見た。赤地に柔らかな曲線と花が咲いた図柄の浴衣に山吹色の帯を締めている。祭りに浮かれる集団の一部にぶつかりそうになったが無視した。結果的にぶつかったがお互い視線を交わしただけだった。
 ざくり。
 店主から渡された綿飴の袋を、黒崎はリンに渡した。つないでいた手を離し、目に痛いほどのピンク色を抱えて妹は笑った。黒崎もまた笑い、整えられた髪型を崩さないよう慎重に少女の頭をなでた。
 ちゃぷん。
 もう氷の音はしない。手の熱で溶け出した氷はもはや液体で、それ以前にギンコの胃袋に九割近く収められていた。口の中だけではない、食道も胃も黄色く染まっていることだろう。そのうち血まで色が変わってしまうかもしれない。だったら青が良いなあとギンコはうそぶいた。
「くろさきぃ、次」
「腹壊すぞ。ブルーハワイ?」
 答えは返さなかった。自分の思考を読まれたのか、うそぶいた言葉が届いていたのか。苦い顔で黒崎はかき氷屋に足を向けた。上機嫌のリンがそのうしろに続く。一人待つのもしゃくだったので、ギンコもきっちり五歩分離れてついていった。人の多い夏祭りの中で、不思議と前の二人がはっきり見えた。通りすがりのカップルが仲睦まじげに寄り添い歩いている。この暑い中ごくろうさん、といつもの毒を吐きそうになってこらえた。吐いたところできっと、聞こえないだろうとは分かっていたのだが。
 自分が刻むよりも噛むよりも強い音を立てて氷は削られ細かくなっていく。見るからに体に悪そうな青色がたっぷりと器に注がれる。きらきらした目でリンがそれを見ていた。
 差し出されたプラスチックカップを受け取り、空になったカップを前に置かれたゴミ箱に放った。黙々と氷を削り続ける店主に四百円払ったのは黒崎だった。大食いのこの男が、出店の多いこの場所で何も口にしていないのが奇妙だった。代わりと言わんばかりにギンコが食べるかき氷の代金を、リンが欲しがるリンゴ飴やお面やたこ焼きの代金を支払う。まるで下働きみたいじゃないかといつものように言おうとして結局言う気力はなく、ただうずたかく積もった氷の山を崩すにとどめた。
 かけられた青色のシロップが氷の白色を全体的に青く染め、そうしてようやくギンコは氷を食らう。物欲しげなリンに一口差しだし、笑う少女にようやく笑い返し、食べることに集中する、ふりをする。こんなにも必死になってふりをし続ける自分を誰か笑ってくれればいいのに、心優しい少女は人を嘲ることを知らないし、男は淡々とした目でただこちらを見る。黒崎は表情や雰囲気から感情を読みとるのは簡単なのに、こう言うときに限っては目から読みとるのはなかなかに難しい。ふとこの男の目を抉りとることは出来ないだろうかと思った。そうしたら感情読解も楽になるのではないだろうか。
 ざくざくざくざく。
 ひらりと視界の端で桃色が踊った。ひれか、はたまた天女の羽衣か、揺れたのはリンの帯だった。ギンおねえちゃん、黒おにいちゃん、あれ見て、あれ。幼い指先が示したのは金魚すくいの屋台だった。そのとたん、黒崎の顔に活気が出てきた。ああそうか、と苦笑したのはギンコだった。この男は金魚すくいがとんでもなく上手いのだった。
 ざく、ざく。
「金魚! 赤いの!」
「とるよ。何匹ほしい?」
「んー」
 くい、とギンコの浴衣の袖を引き、見上げてきたのはリンだった。
「ギンお姉ちゃん、金魚、何匹いればさみしくないかなあ」
 純粋さで輝いた目がただひたすらにギンコを見つめていた。手の中の冷たさをその一瞬だけ忘れギンコは考えた。ああそうか、一匹だと寂しいのだろう。では二匹はどうだろう。それもまだ寂しいかもしれない。では三匹は? 四匹は?
 ブルーハワイは海の色をしている。
「たくさんいれば、寂しくないだろ」
 もうすでに金を払いポイを手にした黒崎が、なんてことはないかのように言った。でもいっぱいいすぎても水槽狭くなっちゃうよ、と妹は必死の形相でしがみついた。それこそ海であればいいのに、とブルーハワイを見ながら思った。
 もしかしたらここは海なのかもしれない。人に紛れながら考える。こんなにも広い場所なのに夏祭りの今だけはひどく息苦しい。人にぶつかる。ここは海なのかもしれない。しょせん広い海も増え続ける魚のせいで狭くなる。ああだからリンの浴衣の帯はおびれなのだ、とまったくどうでもいいことで納得した。自分も、リンも、黒崎も、しょせんは魚なのだ。泳ぐべき海で狭そうに間借りしているひとつの魚にすぎない。奇妙な話だ、皆着ている浴衣も顔も何もかも違うというのに、群れる魚と同じようにしか見えないのだ。似合わない浴衣に汗がしみこむ。
 答えないギンコにしびれをきらしたのか、黒崎がポイを慎重に水に濡らした。彼ならばポイ一本で何匹でもとってみせるだろう。その隣にリンがしゃがみこんだ。お椀を片手に黒崎は言う。ちょうど良い数になったら言えよ。金魚が水槽の大きさにふさわしい数になったら、そこで止めるから、と。
 だったら五匹が良い。夏の夜の暑さと祭りの熱気と手の温かさで溶けだしたかき氷をほおばる。がりり。ひときわ大きい氷をかじった。カナちゃんと、リンと、ゼンと、九条と、自分と、あまり家にいない両親は数に入れなくても怒られないだろう。これで五匹、五人分になる。すでに一匹捕まえた黒崎が、リンに言われて小さな金魚をねらっていた。リンと黒崎の楽しげな横顔が屋台の灯りに照らされまぶしかった。遊びにふける子供の表情は、リンだけではなく黒崎まで幼い頃に戻ってしまったように見えた。
 ああそれならば、五匹では足りないかもしれない。
「なあ黒崎、俺、六匹が良いと思う」
「六匹?」
「んで、最後の一匹は黒な。けってーい」
 赤い金魚たちから少し離れて悠々と泳ぐ、黒い出目金と目があった気がした。目から感情を読みとくのは、やはり難しい。


 不機嫌なのは決して、祭に来たからではない。そもそも自分が不機嫌な理由などギンコ自身にも分からない。あるいは不機嫌ですらないのかもしれない。強いて言うならば、女らしさのかけらもない自分が随分と女々しい浴衣で着飾っていることだろうか。慣れない格好は随分と自分の気分をみじめにさせた。こんな似合わないの俺が着てどうするんだよ、うり二つの顔をしているはずなのにまるで別人のような双子の妹を思い浮かべた。彼女が着たならば、この浴衣もまた違ったかもしれないのに。
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