冷たさと温かさを孕んだ空気を吸い込み、吐き出す。ボストンバッグを抱きしめ小さくなる。
乗る予定だったバスが停まっていた場所を恨みがましく見つめ、夏野は唇を尖らせた。春休み、一人で旅行に出た、その帰りのバスは夏野を乗せ忘れて行ってしまった。いや、確かに夏野を乗せたのかもしれない。夏野の名を騙った誰かを、だ。
ボストンバッグとは別に持っていたバッグは今、夏野の手にない。レストランでドリンクを取りに行った、その一瞬の間に、席に置いていたサブバッグを盗まれたのだ。戻ってきてそこにあるはずの物がないことに気付き、夏野は一瞬で青ざめた。ちょうどバスが出発する一時間前だった。幸か不幸かボストンバッグにはいくらか金を入れていたが、身分証明証や携帯電話、乗車券の類は全てサブバッグに入っていた。
急いで警察に向かったが、もともと旅先だったのが災いした。まず警察署を見つけることに時間が掛かった。迷いに迷ってそれでも到着せず、諦めてバス乗り場に向かったが、やはりその道中で迷い、結局バスは行ってしまった。あとに残されたのは着替えやお土産の詰まったボストンバッグを抱えた夏野という少女一人だった。
いくら恨みをこめてバス乗り場を見つめてもバスは戻ってこない。ボストンバッグを抱きしめたまま夏野はベンチに横になった。冬から春になり始めたとはいえまだ寒い。スプリングコートの襟元をかき寄せ、バッグからマフラーを取り出し首元に巻いた。手持ちの所持金は多くない。今夜をどう過ごすべきか考えたが何も良い案は出てこなかった。それどころか帰る方法すらない。高速バスで移動してきた道のりを、徒歩で行くとすればどれだけの時間が掛かるだろうか。
だが、と夏野は思う。自分は本当に、帰りたいのだろうか。
無理矢理染めて痛んだ髪の毛に触れる。明るい茶色をしてた髪の毛は、春休みに入って黒に染め直した。手首でキラキラ輝いていたブレスレットも、胸元で存在を主張していたネックレスも、素肌を隠していた化粧も今は何もない。もともと似合わない性分だったのだと取り払って自覚した。慣れないことをしても良いことはない。
かえりたくない、と小さくこぼすと、そうだ、帰りたくないのだと強く感じた。暴力をふるう父親の顔など見たくはないし、一人の女子高校生を演じる学校にも行きたくない。今、寒空の下にいる方がどれだけマシなのか考えるだけ無駄だ。
だが、夏野は十七歳の少女でしかなかった。夜中になってもこのままでいたら、もしかすれば何かに巻き込まれるかもしれないし、どれだけ嫌がっても帰らなければいけない。それが一層心を重くした。
かえりたくない、ともう一度言葉をこぼした時だった。
にゃあ。
乗る予定だったバスが停まっていた場所を恨みがましく見つめ、夏野は唇を尖らせた。春休み、一人で旅行に出た、その帰りのバスは夏野を乗せ忘れて行ってしまった。いや、確かに夏野を乗せたのかもしれない。夏野の名を騙った誰かを、だ。
ボストンバッグとは別に持っていたバッグは今、夏野の手にない。レストランでドリンクを取りに行った、その一瞬の間に、席に置いていたサブバッグを盗まれたのだ。戻ってきてそこにあるはずの物がないことに気付き、夏野は一瞬で青ざめた。ちょうどバスが出発する一時間前だった。幸か不幸かボストンバッグにはいくらか金を入れていたが、身分証明証や携帯電話、乗車券の類は全てサブバッグに入っていた。
急いで警察に向かったが、もともと旅先だったのが災いした。まず警察署を見つけることに時間が掛かった。迷いに迷ってそれでも到着せず、諦めてバス乗り場に向かったが、やはりその道中で迷い、結局バスは行ってしまった。あとに残されたのは着替えやお土産の詰まったボストンバッグを抱えた夏野という少女一人だった。
いくら恨みをこめてバス乗り場を見つめてもバスは戻ってこない。ボストンバッグを抱きしめたまま夏野はベンチに横になった。冬から春になり始めたとはいえまだ寒い。スプリングコートの襟元をかき寄せ、バッグからマフラーを取り出し首元に巻いた。手持ちの所持金は多くない。今夜をどう過ごすべきか考えたが何も良い案は出てこなかった。それどころか帰る方法すらない。高速バスで移動してきた道のりを、徒歩で行くとすればどれだけの時間が掛かるだろうか。
だが、と夏野は思う。自分は本当に、帰りたいのだろうか。
無理矢理染めて痛んだ髪の毛に触れる。明るい茶色をしてた髪の毛は、春休みに入って黒に染め直した。手首でキラキラ輝いていたブレスレットも、胸元で存在を主張していたネックレスも、素肌を隠していた化粧も今は何もない。もともと似合わない性分だったのだと取り払って自覚した。慣れないことをしても良いことはない。
かえりたくない、と小さくこぼすと、そうだ、帰りたくないのだと強く感じた。暴力をふるう父親の顔など見たくはないし、一人の女子高校生を演じる学校にも行きたくない。今、寒空の下にいる方がどれだけマシなのか考えるだけ無駄だ。
だが、夏野は十七歳の少女でしかなかった。夜中になってもこのままでいたら、もしかすれば何かに巻き込まれるかもしれないし、どれだけ嫌がっても帰らなければいけない。それが一層心を重くした。
かえりたくない、ともう一度言葉をこぼした時だった。
にゃあ。
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