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Bernadette
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 こんな夢を見た。

 屋根に登る。赤い屋根は緩やかな傾斜だった。そこに座れば町を一望できることを私は知っている。白い壁と赤い屋根の町並みはきっとどこまでも続いているだろう。
 彼女はそこにいた。鍔の広い白い帽子をかぶっていた。帽子に結ばれたリボンが長く伸び、穏やかな風に髪の毛と一緒に舞っていた。梯子をあがってきた私を見て彼女は手を振って見せた。私も、振り返した。
 屋根の上を吹く風は暖かい。吸い込まれそうな青色の空からは金色の日差しが降ってくる。私は手でひさしを作るようにして彼女の横まで動いた。脇に抱えた本を見て彼女は笑ったようだった。
「きみはその本が大好きだねえ」
 読み古して背が割れた、不格好な本を指さす。布で包まれた表紙はところどころが擦れて元の色を失っている。どのページに何が書かれているのかすでに私は記憶している。もう手にしなくても良いほどに読み込み頭の中に焼き付けた本は、しかし手放そうとは思えないほど愛着が湧いているのだった。
 それはきみもそうじゃないか、と私は彼女が膝に置いた本を指さした。私とまったく同じ色の、同じくらいぼろぼろの本だった。そうだったね、といたずらっ子の表情で彼女は笑った。
 私は彼女と並んで、町を見下ろした。広く続く町はどこが終わりなのか分からない。まるで迷路のように入り組んだ、誰にも全体を把握できなくなった町は、それでもなお広がり続けるのだろう。見下ろした先に人の歩く姿が見えた。
「ねえ」
 彼女が町の向こう側を指さした。赤と白の色合いがかすんだ先では、やはり青空が広がっているに違いない。
「昔、ここには海があったんだって」
 愛読し続ける本の中の知識を、私たちは共有する。
「海って、どんなものなんだろうね」
 けれど今までそうだったようにこれからも、私と彼女は本物を見ることはかなわないのだろう。町は続いている。降り続ける日差しが曇ることは、これからもきっとない。
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 『楽園』に住んでいたアズの叔父が死んだ。まだ40歳と少しだったはずの叔父は、肺を患っていたらしい。彼の死を聞いたのは白い雪がちらつき始めた冬のはじめのことだった。
 葬儀は粛々と行われ、アズも参列した。一般人は入ることのできない『楽園』に、なぜ叔父が住んでいたのか、それについて語られたのもその時だった。
 いわく、彼は墓守だったらしい。


 叔父はまじめな人間だった。生前、きちんと遺言状を残していた。自分の財産は親族にきちんとした配分で分けること。『楽園』に残した彼の遺品は、次の墓守のために残しておくこと。彼に代わる墓守に、アズをつけること。アズの両親は驚き躊躇ったが、遺言状の中で叔父は強くアズを墓守にすることを願っていたようだった。彼なりに何か考えがあったのかもしれないと、最終的に両親もアズも、叔父に代わる次代の墓守になることを了承した。
 『楽園』は限られた人間しか入ることのできない。深い湖の中心にぽつんと浮かぶ『楽園』は、認められた人間以外入ることはない。皆、湖を囲むように発展した町で日々、遠目からその島を眺めるだけだ。
 そして皆、天使という、『楽園』に住む背中に翼の生えた者達を崇拝する。彼らは年に一度の祭りでのみ姿を現す。アズも何度か見たことがあった。誰も彼も背中に白い翼を生やし、白いローブを着た、美しい存在だった。
「でも、『楽園』に住む人たちってみんな偉そうなんでしょ?」
 あんたは大丈夫かしら、と母親は嘆息した。『楽園』に住む人々は、自分達は天使の加護を受けているということを誇りにしている。それ故に自尊心が高く、自分達を特別なものだと公言してはばからない。
「まあ、偉そうな人たちには慣れてるよ」
 心配そうな母親を慰めようと、アズはきわめて明るく言い放った。大方の荷物は既に『楽園』に運び終わり、あとは自分と残った旅行鞄一つ分の荷物を持っていくだけだった。
 慰めの言葉ではあったが、アズ自身、そう心配はしていなかった。元々通っていた学校には貴族が多く、慣れてるという言葉に嘘はなかった。むしろ心配なのは墓守としての仕事の方で、何をやればいいのか、実際に行かなければさっぱり分からない。わざとなのかうっかりなのか、叔父は墓守の仕事の内容までは遺言状までに書いてはくれなかった。
 両親や友人に別れの挨拶をすませて船に乗り込んだ。手紙を出すよ、暇があったら会いに来るよ、と言って手を振ると、それを見計らって船守が船を漕ぎだした。あっという間に船着き場は小さくなり、母親や父親、見送りの友人達は見えなくなった。


 叔父が住んでいたのは墓地の敷地内にある、上品な作りの家だった。一人で住むにはずいぶんと広い家には叔父の遺言通り、彼の荷物がそのままにされていた。彼が死んでからも誰かが世話をしてくれていたのだろう、家の中はきれいに掃除されていた。
 船守は船を下りてからそのまま墓地まで案内してくれた。叔父とは友人だったという彼は、墓守の仕事に関して、墓地に行けば分かる、と言っていた。確かにその通りで、叔父の書斎には日記帳が置かれていた。それに、しなければいけない仕事が細かく書かれているようだった。
 だが、読むのは後にした。まずは自分の荷物をなんとかすることから始めなければいけなかったからだ。一人分の荷物とはいえ、趣味の物も持ってきたおかげで片づけるのに苦労した。これから自分の家となるそこは、まだ叔父の気配が漂う他人の家だった。
 片づけが終わったのは日が暮れてからだった。そういえば食べ物も何もない、ということに気づき途方に暮れた。船守は墓地まで案内してくれたが、その道中に食べ物を売っているような店がなかったからだ。暗くなって買いに行くのも気が引けたが、空腹であることには変わらない。
 どうしようかと悩んでいたとき、ドアが叩かれた。
「こんばんは。いるかな」
 ドアを開けると、整った顔立ちの青年が食べ物が詰まっているのだろう紙袋を抱えて立っていた。驚いて立ちすくむアズに親愛をこめた笑みを向け、青年は紙袋を示した。
 だが、その紙袋より何より驚いたのは、青年の背中に真っ白な一対の翼が生えていたからだった。
 こんな夢を見た。

 持っているお猪口に酒がたっぷりと注がれた。それをちびちび飲みながら私は皿に盛られた肉をつまむ。うまい肉だ。たれはちょうど良い塩梅で、焼き加減も申し分ない。
「うまいか」
「ああ、うまい」
 目の前に座る男に問われたので、私は素直に頷いた。男も私と同じようにお猪口を持っていた。ただし彼の前には肉はない。代わりに刺身が置かれていた。
 男は小皿に醤油を差し、わさびをつけ、刺身を一切れ箸でつまんだ。脂がてらてら七色に輝く魚の身は透明に近い白だった。あれもずいぶんと良い魚を使ったのだろう。男は醤油をつけ、わさびを乗せてそれを食った。私もまた肉を食った。
「なあ君、それは何の刺身なんだい」
 別段、刺身を食べたかった訳ではない。ただ単純にその魚が気になっただけだった。我々はお互いが食べるものについていちいち説明をつけることを好まない。ゆえに私には男が食べている魚も私自身が食べている肉の中身も知らないのだ。だがどうしても気になって問うてみると、口にしていた刺身を飲み込んだのち、男はニヤリと笑った。
「こいつは人魚の下半身さ」
「ほう。うまいかい」
「ああ、うまい」
 心の底からうれしそうに男は言った。あまりに満足げだったので思わず私も笑ってしまった。ぐい、とお猪口を空けると男が徳利で新しい酒を注ぐ。華やかな香りのする酒だ。そのわりにあっさりしていて肉の濃い味をするりと流す。口にすると鼻腔をその華やかな香りが抜けていってなんとも言えない素晴らしさがあった。
 新しい料理が運ばれてきた。小鉢に豆腐のような白い物が入っていた。新しい酒もきた。美しい給仕はそれを卓に置くと、丁寧に礼をして部屋を去った。
 私は興味津々にその小鉢を見た。白いものはどうやら豆腐ではないらしい。つつくと柔らかかった。男は既に箸でそれをすくって食べている。食わぬ私を不思議そうな目で見ていた。
「どうしたんだい、うまいぞ。これは」
「そうかい。それじゃあいただくとしよう」
 おそるおそる箸で崩すと、白いものはただ四角く固められていただけだったということが分かった。おそらくもとは四角くなかったに違いない。においはしなかったが濃厚な味がした。今まで食べたことのない味だ。肉のようにうまい、と手放しに言えるものではなかったが、なるほど、珍味と言えばそうかもしれない。酒にはよく合う味だった。
「ふむ、良いんじゃないかな。悪くない」
「そうだろう。君は話が通じて助かるよ。なかなか皆は認めてくれないんだ」
「ほう。なぜだろう」
「それはたぶん、人魚の脳味噌なんぞ食いたくないからだろうよ」
 なるほど、と私は思わず手をたたいた。確かにそれならば今まで食べたことがなくて当然だろう。同時にあまりのことに笑いたくなった。どこに人魚の脳味噌なぞ食べたい奴がいるのか。いや、ここにいるではないか、二人ほど。
「うん、酒のつまみに良いね。珍味だ」
「だろう。人魚は下半身だけじゃない。上半身もその脳味噌もうまいんだ」
「ほう、で、その上半身は?」
「君、寝ぼけているのかい」
 男は目を丸くして言った。
「君がさっきからつまんでいるその肉、何の肉だと思って食べているんだい」



 ぽつりぽつりと話しつつ食べては飲み、夜明け頃には宴は終わった。私も男も膨れた腹を笑いながら眠気に重くなった瞼をこすり、次に会う日を決めた。
「次は君の番だ」
 今回は男が宴を開いたので、次は私の番だ。
「悪食家の名に恥じぬものを頼むよ」
「任せてくれ。君の期待の斜め上のものを出してやろう」
 言い合って、私たちは別れた。
 こんな夢を見た。

 雨が降り出しそうな灰色の空の下、私が駅前のベンチに座っていると、横に男性が並んで座った。ふいとそちらを見ると、男性は白髪が交じり始めた黒髪を後ろに撫でつけた、壮年の男性だと言うことが分かった。ごくごく自然な動作で足を組んでいた。威圧感や迫力はないが、凍ったように静かな水面を思わせる静謐さが私の方まで届いて駅前の喧噪を忘れさせた。
 勿論彼は私の知り合いではない。だがどこかで会ったような既視感があった。しかし話しかけるほど私の神経は図太くはない。視線を行き交う人々に向けた。どこに行くかも分からない彼らを、私はおそらく彼と共に眺めていた。
 人の流れがだんだんと、一つの波になり始めた。駅が砂の城のように溶け出し形を忘れ、そこには何も残らなかった。足を載せているはずの堅いアスファルトも柔らかになり、それは水に変わった。灰色の空が驚くほどの速さで色を取り戻し夕暮れ時の色に変わった。私と男性は二人並んでそれを眺めていた。ベンチだけは変わらず、褪せた色と形のままだった。
 目の前に広がっているのは夕暮れで赤と橙の混じり合った色合いの海だった。
「綺麗ですねえ」
 ちらりと横を見ながら言うと、彼は頷いた。
「ええ、綺麗ですね」
 さっきまで歩き、走り、話し、止まっていた人々の群れが穏やかに揺れる海となっているのだ。もう少しで夜になる、その手前の色合いは燃えるようだった。眩しい、と思った視界がぼやけ、何事かと目元に触れると、私は泣いていた。
「悲しいですか」
 彼が言う。
「分かりません」
 私は素直に答えた。
 さざなみの音が聞こえた。
「あなたはきっと、恐ろしいのでしょう。この海が」
 彼が立ち上がった。ちゃぷん、と足下の海水が跳ねた。正面から見た壮年の男の顔を見てようやく既視感の奇妙なベールが取れた。これはまるで、私ではないか。
「私は行きますが、あなたはどうしますか」
「どうしましょうか」
「そのままでいたいのですか」
「いいえ、いたくはありませんねえ」
 つられて私も立ち上がった。水の上で立つのは空を飛ぶように不思議な感覚がした。一歩踏み出す度に水が私の足を絡め取る。彼の横に並んで、私は先の無いほど続く海を眺めた。絡め取る海水もさざめく波も、全て元は人だったのだと思うと、私の歩を捕まえるこれらはもしかしたら、遠いどこかに私が置いてきた何か、誰かだったのかもしれない。
 私は悲しかったのかもしれない。何もかも後ろに置いていき、静かに老いていく自分が悲しかったのかもしれない。そして他の人々も同様に老いていく。おなじだけの速さで歩いているはずなのにいつかまったく違う速さになるそれが、悲しかったのかもしれない。
 夜が来る。
 裾を濡らす水を振り払うように私は足を踏み出した。いつのまにか、彼は消えていた。一瞬見下ろした水面に映った私は白髪交じりの髪の毛を後ろに撫でつけた、壮年の男だった。
 フラッシュ。ノイズ。
 眩しさに目を閉じ、轟音に体を壊された。だがそれも一瞬のことで、気付いた時には真っ暗だった。石造りの部屋の隅っこで固まっていたことに気付いた。体の節々が、痛む。
 湿った空気は甘く腐った匂いがした。石に囲まれた部屋は寒かった。冷えた指先が赤い。息を吐きかけ温めようとしても、その息さえ白く濁った。寒さのわりに服は薄着だった。
 とにかく、暗く寒いこの場所から出ていかなければ、と少女は思った。何故こんなところにいるのかさっぱり分からないのだ。頭の中で警鐘が打ち鳴らされているような、そんな感覚がした。ここは良いところではないと漠然と思った。
 石造りの部屋の扉は重たかったが、少女が体重を掛けて押し込むと、錆びた音をたてて開いた。やはり石造りの廊下には等間隔で明かりが灯っていた。ほんの少しの安堵をため息にこめて歩き出す。同じように並んだ扉からは何の気配も感じられず、廊下にも人気はない。無人の廃墟のようだった。
 古びた階段を上ると、また扉があった。それをおそるおそる開けると、どうやら外に出たらしかった。はっきりとは分からなかった。外は明るかったがそれは全て灯りのせいで、見上げた先に青空も何も無かったからだ。何かに覆われているのか、それとも夜空なのか。ともかく光で満ちてはいたが暗いことと少女の知らない街であることには変わりなかった。
 どうやら少女が開いた扉は通りから隠れたところにあるらしかった。喧噪に向かって歩き始めると、やはり少女の知らない街並を人々が歩いていた。石畳やさがった提灯はいつか見た祭の日によく似ていた。男も女も年齢も関係ない人々が行き交う通りの眩しさに、一瞬の眩しさを思い出してすぐ忘れた。
 途方もない気持ちになった。ここはどこなのか分からず、自分の知っている人を探すにも苦労しそうな人波だ。少女は小さく呻いて通りから背を向けた。
 さっきまでのように体を縮めて固まった。相変わらず、体は痛い。おかあさん、と呟くと、途端に目から涙が溢れてきた。
「おや、こんなところに」
 袖で涙を拭った時だった。濃い影が自分に落ちた、と思って見上げると、仏頂面の老人が立っていた。見知らぬ老人に驚いて思わず涙が止まる。老人は少女の祖父のような白髪ではない、黒々とした髪を後ろに撫でつけていた。仏頂面な上に細いがしっかりとした体格で、見上げた姿は恐怖を引き出すに足る外見をしていた。
 だが、老人はかがみ込んでわしゃわしゃと少女の頭を無遠慮に撫でると、腕を引いて立ち上がらせた。
「家に帰ろうな」
 たった一言、老人がぐいぐいと腕を引っ張り歩き出した。慌てて足を動かしついていく。まるで犬の散歩のようだ。小走りになりながらも少女が疲れそうになると歩調を緩めてくれる辺り、一応気は遣ってくれているらしかった。
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