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Bernadette
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「さようなら」
 あなたはとても綺麗な人でした。放った花束が水面に落ちて水しぶきを上げた。透明な雫がきらきらと、陽光に輝いた。
 川の流れにのって花束が流れていく。
「済んだか?」
「……はい」
 この川はどこまで続くのだろうか。それに答えられるだろう男へ振り向いた。確かに目に映ったはずの男が滲んでぼやけて明確な形が分からなくなる。目が熱い。泣いているのだと気付いた。
 放った花束ははたしてあの人に届くのだろうか。それもこの男に問えば答えが返ってくるのだろう。だが聞こうとは思わなかった。
「この川はどこまで続くんでしょう」
 どうせあの人に届かないのなら、海へと繋がっていればいいのに、と強く思った。広い海の中で花が朽ちていけばいい。その一心で花が流れていくことを願う。冷たい風が伸びた髪を掬った。
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 あの日のことは、正直に言うとよく覚えていない。ただ、雨が降っていたのは覚えている。雨が降っていたからこそ、私はあのレストランに入ったのだった。傘を持たない私は雨の中を必死で走りながら、レストランの扉を開けた。そう、ちょうど夕食時だった。雨の匂いと、家々から流れる夕食の匂い。レストランの中は同じ匂いがした。私が雨の匂いを引き連れてきたのだった。
 雨にけぶる街並は薄暗かった。レストランの照明もそう明るくはなかった。濡れた肩と鞄を気にしながら私は一つのテーブルに腰掛けた。静かなものだった。客はあまりいなかったと思う。誰も彼も話をしていなかったような気がするが、これは私の記憶違いかも知れない。なにせその時の私の頭の中は自分が書いた記事のことでいっぱいだったからだ。ライターになって初めての仕事が収められた鞄の中身が濡れていないか、そのことばかり心配していた。
 だからこそ、テーブル一杯に紙を広げたのだ。
 そうして、あの人と会ったのだ。


自分の書いた記事が好きだと手紙をくれた人に会おうとして探してみると、どうやらその人は明治時代に死んだ人らしい。だがその人が住んでいたという住所は分かる。行ってみると近所のレストランだった。でもそのレストランは既に廃墟。おかしい数日前に食べにきた時は確かにいたのに。
このレストランはしばらく前に閉店したんだろう電気やら水道やらの請求書が溜まってたから。数日前に入った店は過去に遡っていて、自分はそこで明治時代の人と会ったんじゃなかろうか。そして記事を渡したと。どうやって手紙がきたのかは分からん。
 船の舳先に立ち、ゆるやかな流れに花を投げた。
 あの歌が聞こえる。真っ白な花は川の流れに乗って遠くなってゆく。
 あの歌が聞こえる。ふりむいた先ではあの人が笑っていた。
 流れていく花と同じように、わたしもまたこの川の流れに身を任せよう。無人の船には何も残さず、わたしはあの声の元へいく。さあ、身を投げるのは今だ。



 僕とあの子が学校を飛び出したのは、冬に近付き始めた、ある秋の夜のことでした。
 僕はセーターを、あの子はカーディガンを、それぞれ制服の上に着て、同じ色のリボンを学校に行く時のようにしっかり結びました。あいかわらずあの子はリボンを結ぶのが苦手で、僕は笑いながらそれを直してあげたことを覚えています。

 それが、僕が最後に見たあの子の姿でした。


 カラスアゲハと名乗ったその人は素晴らしい魔女であるという。どこら辺が素晴らしいのかというと、とにかく素晴らしいのだという。しかし困ったことに、僕には彼女が普通の人間にしか見えなかった。柔らかな色のセーターを着た、長い長い黒髪の、多分僕とそんなに年の変わらない少女のような魔女だった。
 僕の手にはボロボロのリボンがあった。魔女の傍にはリボンのようにボロボロの体があって、つまりそれはそういうことだった。
 それはそれは、素晴らしい魔女だという。
 こんな夢を見た。

 一面真っ白な雪景色だった。白い地面が広がり、頭上には星が瞬いていた。月のない夜だというのに不思議と目の前が見えた。
 私の目の前には、一人の老人がいた。老人は優雅な形をした、古びた椅子に腰掛けチェロを構えていた。吐く息が雪色になる寒さだというのに、老人は手袋の一つもつけず弓を手にしてた。
 老人は私を見ると、まあそこに座りなさい、と、同じような形をした椅子を指さした。やわらかな雪を踏みしめてその椅子に座った。老人の目の前に、心地よい距離をおいて置かれた椅子は優しく私を受けれた。
 私が座るのを待っていたかのように、老人は弓を動かし静かにチェロを弾き始めた。雪が降り積もる静かさを思わせる、美しい音だった。老人が弾き始めると、星が散らばる藍色の空に美しい虹が架かった。夜の虹だった。
 あれは橋なのだと私には分かった。大きな虹は青空で見るものよりも色鮮やかだった。あの虹は空を渡るための橋なのだ。気づけば地面を覆っていた雪は溶け、水に変わり、せせらぎを生む川の流れになっていた。私の足下も老人の足下も澄んだ水に浸かっていたが、不思議と冷たくなかった。
 遠くから人の声が聞こえた。声は次第に近づきまた遠くなっていった。頭上の橋を渡っていったのだった。
「何故、橋を架けるのですか」
「彼らはこの川を渡れないのです」
「こんなにも浅いのに」
「浅いからこそです」
 チェロを弾きながら老人は答えた。足首が埋まるか埋まらないか、それほど浅い川の流れだった。
「あの橋を渡ると、どこに行くのですか」
「渡る者が行きたいところへ、行くことが出来ます」
「それは、会いたい人の隣に行くことも出来るのでしょうか」
 ひときわゆっくり弓をひきながら老人は笑った。
「そう思ったから、あなたはここにいるのでしょう」
 言われてああそうですね、と私は答えた。私はこの老人と、遙か昔にもう一度会う約束をしていたのだった。老人の架ける虹を渡って私はここにきた。私は渡る者だった。そうしてようやく、希った人のいる場所へたどり着くことが出来たのであった。
 空の端が明るみ始めた。藍色が青色へ変わっていく中、たった一つの星が輝いていた。夜明けがくる。

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