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 夏野は父方の祖父によく似ている。

 父方の祖父は、ある日忽然いなくなったらしい。夏野が十歳になるかならないかの頃だった。海沿いにある家からふらりと出て行った祖父はそのまま帰らなかった。
 夏野の中で祖父は大きな手の優しげな老人だった。老紳士と言う言葉のよく似合う風貌と態度で、夏野は彼が怒鳴っているのを見たことがない。祖父は夏野を連れてよく海に行った。そのたびに何か、歌を歌っていた気がするがそれが何の歌なのか、今も昔も夏野には分からない。ただ時折懐かしそうに口ずさむその声だけが記憶に残っている。
 祖父がいなくなった時、夏野は悲しむよりも先に納得した。その前の日、祖父は唐突に、いつも大事につけているループタイを夏野にくれた。丸い銀色の型に薄青い破片を閉じ込めたタイ留めの、紺色のループタイだった。その破片が一体何なのか、誰に聞いても分からなかった。とにかくそれが祖父の大切な物だと言うことだけが残り、結局今の今まで大事に仕舞ったままなのだった。
 それをつけようと思った。渡されたその時には似合わなかったループタイは、きっと今なら違和感なくつけられるような気がした。記憶の中の祖父を見習うように、白いシャツを着た。慎重に、壊れ物を扱う手つきでループタイを手にとって首に掛けた。

 冬峰はまず、意外そうな顔をした。普段は楽な格好を好む夏野らしからぬ姿に違和感を覚えたのかもしれない。
 次に、驚いたような顔をした。事実その声にはいくらかの驚きが含まれていた。
「どうしたんだ夏野、それは」
「それっていうとどれですか。格好ですか」
「格好もそうだが、タイ留めだ」

「そうか、お前は知らないのか」

「そのタイ留め、青い破片のような物が挟まっているだろう」
 書斎の机の棚から取り出した薄い箱を開けると、中はシルクらしい白い布で包まれていた。それを更に解くと、雲母の破片に似た薄さの、丸く薄青いガラスのような透明な物が出てきた。土産屋で時々売られている、瑪瑙の丸い置物をなんとなく思いだした。
「タイ留めの破片と同じ物だ」
「石か何かですか」
「いいや、鱗だ」
「鱗? こんな大きな?」
 手鏡ほどの大きさのある鱗を持つ魚などいたのだろうかと考えていると、冬峰は懐かしそうに目を眇めた。
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