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「あの」
 三冊百円のカートを店先に出す。日差しが直接当たらないよう、ひさしの下に慎重に押し込んだ。開店して間もないが、既に太陽は高く、肌には夏の空気が絡みついてくる。カートを動かしただけだというのに、背中に汗が噴き出しているのが分かった。
 直江はかけられた声に振り向いた。直江の働く古書店にやってくる客は性別も職業も年齢層も様々だが、声はだいぶ若いように聞こえた。高校生くらいだろうか、と想像したとおり、直江の後ろに白いシャツにレジメンタルタイを締めた少年が緊張した面もちで立っていた。短い黒髪にスクエアフレームの眼鏡をかけたまじめそうな少年だ。制服からして近くの高校の生徒だろう彼は紙袋を手にしていた。ほどよく日の焼けた頬に汗がつう、と滑り落ちたのが見えた。
 少年は躊躇うように唇をかすかに動かした。
「あの、店員さんですよね」
「あ、ええ、はい、そうですけど」
 自分の頬にも同じように汗が流れたことに気づき、直江は手の甲でそれを拭う。わずかに声が裏返った直江を少年はじっと見ていた。居心地の悪さを感じて、手を無意味に開閉する。何か用事でもあるのか、と尋ねる前に、少年は緊張をちらつかせたまま、
「これ、引き取ってください」
 と、手にしていた紙袋を押しつけるように差しだし、ぱっと手を放してしまった。受け取る準備もなにもしていなかった直江の目の前で、紙袋が落ちる。アスファルトに重い音を立てて落ちた袋の口から、古びた本がこぼれるように出てきた。
 慌てて屈み紙袋を取り上げる。袋はわずかに汚れただけで破けてはおらず、本も奇跡的に無事だった。地面と接した表紙は擦れておらず、落ちた衝撃で角は歪んでいない。そのことにほっとしつつ本を紙袋の中に戻した。熱されたアスファルトは熱く、屈み込んだだけで体感温度がぐっと上がった。落ちた本や紙袋が燃えてしまいそうな、そんな錯覚さえ抱く。
「ちょっと!」
 いきなりなにをするんだ、と顔を上げたが、そこには既に、少年の姿はなかった。咎める声はどこにも届かず、ただ午前十時半の通りに響く。少年は走り去ったのか、目の前を通る道を見渡しても、どこにもその影はなかった。唖然とした直江の後ろで、店のドアが開いた音がした。
「直江さん?」
 店主の芥川が怪訝そうな顔で、立ち尽くす直江に声をかけてきた。
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