世の中の小学生、中学生は夏休みに入っているらしい。声高に叫び走っていく子供達とすれ違った。ほんの少しだけ振り返り、また前を向く。おそらく中学生だろう少年達は楽しげな後ろ姿をしていた。手にした老舗和菓子屋の袋を持ち直す。黒崎の知る中学生の少年は、おそらくすれ違った彼らと正反対のおとなしさで、店番をしているに違いない。
五木骨董店は表通りから横道にそれた、小道にひっそりと構えている。古びてはいるが綺麗に掃除された店の中にはいつも通り、雑多な物で溢れていた。冷房が効いた店には今はカウンターに少年が一人座っているだけだった。癖のない黒髪をショートカットにした少年は、おそらく本を読んでいたのだろう、顔を上げて黒崎を見た。いらっしゃいませ、と言おうとしたのだろう口が中途半端に開いたまま止まり、一瞬の空白を挟んで彼は言った。
「黒兄だ」
「おう」
ゼン、という名の五木家長男は、黒崎が持つ紙袋に気付いて目を輝かせた。店内を見渡したが、客も、いつもはいるはずの店の者も誰もいない。ゼンに聞くと、店主代理のギンコと九条は取引をしに行ってしまったらしい。
「リンは?」
「昼寝」
言われ、時計を見ると、確かに昼寝をしていてもおかしくない時間だった。だが、それならもう一人、ギンコの双子の妹がいるはずだが、首を傾げる黒崎から察したのだろう、
「カナ姉も、リンと一緒に昼寝」
「中学生に店を任せるってどうなんだ」
「仕方ないよ、カナ姉も昨日まで、課題とかいろいろやってたし」
「大学生は大変だな」
「中学生も大変だよ」
「店番が?」
「店番も」
紙袋から買ってきた和菓子を取り出すと、ゼンは無言で店の奥に消えた。そのまま黙って和菓子を並べ、終わったところで急須と湯飲みを持って帰ってきた。お茶を淹れに行っていたようだった。
夏に合わせた色とりどりの和菓子を、ゼンは楽しそうな目で見ていた。買って来たそれを分けるのは彼に任せ、黒崎はそっと店を眺める。相変わらず何に使うのか分からないものが並び、かと思えばそれなりの値打ちがありそうな掛け軸が飾られている。
一通り見終わってカウンターの奥に視線をやると、おかしなものが見えた。
「なあ、ゼン、それなに」
指さすとゼンが振り返り、それ、と表現したものを軽く見やった。彼は慣れているのだろう、ああ、と小さく声を上げた。
「金魚鉢」
「球体じゃないか」
「球体だよ」
「転ばないのか」
「うん」
「変なの」
「変だよね」
おれこれ食べたい、と、一通り分け終わったゼンが取り上げたのは、寒天を使った川底を思わせる菓子だった。
「あれ、黒兄とったヤツだろ」
「ん、ああ、祭で」
カウンターの下から紙を取り出して細かく裂き、ゼンはそれに一つ一つ名前を書いていった。ギン姉、カナ姉、九条兄、リン。そしてそれを、分けた和菓子に置いていく。リンに、と分けられたのは赤と黒の金魚の形をした羊羹が入った寒天だった。
「リン、あの金魚、すごく気に入ってるんだ」
「あら黒崎、来てたの」
寝起きでいまだはっきりと開かない目をこすり、カナギが奥からやってきた。カウンターに並んだ和菓子と湯飲み、それをほおばる二人を見て、苦笑した。
「リンが見たら怒るわね。どうして起こさなかったのって」
そういった後ろで、小さな子供のぱたぱたとした軽い足音が近付いていた。
五木骨董店は表通りから横道にそれた、小道にひっそりと構えている。古びてはいるが綺麗に掃除された店の中にはいつも通り、雑多な物で溢れていた。冷房が効いた店には今はカウンターに少年が一人座っているだけだった。癖のない黒髪をショートカットにした少年は、おそらく本を読んでいたのだろう、顔を上げて黒崎を見た。いらっしゃいませ、と言おうとしたのだろう口が中途半端に開いたまま止まり、一瞬の空白を挟んで彼は言った。
「黒兄だ」
「おう」
ゼン、という名の五木家長男は、黒崎が持つ紙袋に気付いて目を輝かせた。店内を見渡したが、客も、いつもはいるはずの店の者も誰もいない。ゼンに聞くと、店主代理のギンコと九条は取引をしに行ってしまったらしい。
「リンは?」
「昼寝」
言われ、時計を見ると、確かに昼寝をしていてもおかしくない時間だった。だが、それならもう一人、ギンコの双子の妹がいるはずだが、首を傾げる黒崎から察したのだろう、
「カナ姉も、リンと一緒に昼寝」
「中学生に店を任せるってどうなんだ」
「仕方ないよ、カナ姉も昨日まで、課題とかいろいろやってたし」
「大学生は大変だな」
「中学生も大変だよ」
「店番が?」
「店番も」
紙袋から買ってきた和菓子を取り出すと、ゼンは無言で店の奥に消えた。そのまま黙って和菓子を並べ、終わったところで急須と湯飲みを持って帰ってきた。お茶を淹れに行っていたようだった。
夏に合わせた色とりどりの和菓子を、ゼンは楽しそうな目で見ていた。買って来たそれを分けるのは彼に任せ、黒崎はそっと店を眺める。相変わらず何に使うのか分からないものが並び、かと思えばそれなりの値打ちがありそうな掛け軸が飾られている。
一通り見終わってカウンターの奥に視線をやると、おかしなものが見えた。
「なあ、ゼン、それなに」
指さすとゼンが振り返り、それ、と表現したものを軽く見やった。彼は慣れているのだろう、ああ、と小さく声を上げた。
「金魚鉢」
「球体じゃないか」
「球体だよ」
「転ばないのか」
「うん」
「変なの」
「変だよね」
おれこれ食べたい、と、一通り分け終わったゼンが取り上げたのは、寒天を使った川底を思わせる菓子だった。
「あれ、黒兄とったヤツだろ」
「ん、ああ、祭で」
カウンターの下から紙を取り出して細かく裂き、ゼンはそれに一つ一つ名前を書いていった。ギン姉、カナ姉、九条兄、リン。そしてそれを、分けた和菓子に置いていく。リンに、と分けられたのは赤と黒の金魚の形をした羊羹が入った寒天だった。
「リン、あの金魚、すごく気に入ってるんだ」
「あら黒崎、来てたの」
寝起きでいまだはっきりと開かない目をこすり、カナギが奥からやってきた。カウンターに並んだ和菓子と湯飲み、それをほおばる二人を見て、苦笑した。
「リンが見たら怒るわね。どうして起こさなかったのって」
そういった後ろで、小さな子供のぱたぱたとした軽い足音が近付いていた。
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