忍者ブログ
Admin*Write*Comment
Bernadette
[41]  [42]  [43]  [44]  [45]  [46]  [47]  [48
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 住宅街の間を縫うように走る線路に並ぶように、細い道が通っている。人が両手を広げた程度の幅しかない道に、人の背丈を超すほどのひまわりがずらりと並んでこうべを垂れていた。
 あまりの暑さに目の前が揺らいでいる。青空と白い入道雲が疎ましかった。汗を手で拭いながら黒崎はひたすらに歩いた。ろくに舗装されていない道は、歩くたびにじゃりじゃりと音を立てた。その熱せられた砂利と刈られた草の甘い匂いがどこか懐かしかった。
 遠くで踏切の音が鳴っている。それに気づいた時には電車がすぐとなりの線路を走っていた。轟音。ひまわりが風で揺れた。太陽を模した大輪の花が、潰れた人の顔のように見えて吐き気がした。
 もちろんそんなものは幻だ。何の罪もないひまわりは暑さにうなだれているだけだった。それでも一度植え付けられたイメージは強烈すぎて、そう簡単には拭えない。
PR

この収集家は馬鹿で阿呆で間抜けで自分勝手だと、夏野は常々そう思っている。珍しい物を集めるのが趣味なのは結構だが、自分の体をまったくと言って良いほど顧みない。
今も彼は真白いシーツのかかった寝台で、死人のような顔をしている。ろくに休みもせずに各地をほっつきまわっていた疲れが祟ったのだろう。額に手をのせると微熱があった。
セーラー服の袖をまくり上げ、洗面器の中で冷やしていた布を絞る。それを畳み、冬野の額にのせた。整った彼の顔が僅かに歪んだ。

「おい、冷たいぞ」
「そうでしょう、水で冷やしてたんですから」
「病人には優しくするのが礼儀というもんだろう。私は冷たいのが嫌いなんだ」
「あら、病人なんてどこにいらっしゃるんでしょうね」

何かいいたげな冬野が口を開く前に、夏野は彼の愛用する扇子でその口を指した。

「第一にね、こんな寒い時期にろくな防寒具も身につけないで北に行くというのが間違っているんですよ」

寝台の横に置かれた鳥籠に視線をやる。古びた金色をしたそれの中身に鳥はいない。

「そうは言っても、その鳥籠、もう少しで処分されるところだったんだぞ。あやうく貴重な中身が永遠に失われてしまうところだった」
「中身? これの?」

こほん、と小さく咳をして、冬野は頷いた。夏野は扇子を適当に置き、鳥籠を間近に見る。中にはやはり、何もいない。

「何もいませんよ」
「ほう、いる、と言ったな夏野」

にやり、と冬野が笑う。ずれた布を手で押さえながら彼は言う。

「ある、ではなく、いる、と言ったということは、お前の頭には鳥籠の正しい使い方が刷り込まれている。鳥籠には鳥、そうだろう」
「ええ、まさか犬なんて入れませんよ」
「その通り。それが正しい。その鳥籠にはな、夏野よ。鳥がいる」
「でも、何も」
「見えないのだから当然だろう」

それが常識だと言うかのように冬野は答え、また咳をした。さっきよりも痰が絡まりいよいよ病人らしい。体調は順調に悪くなっているようだ。
そろそろ話すのも止めて、彼にはゆっくり寝てもらおうと夏野が鳥籠から離れると、彼は手をひらりと振って布団に潜った。

「さて、私は寝ようと思う。起こさないように」
「はいはい、おやすみなさい」

洗面器やら何やらを抱え、夏野はそっと部屋を出た。すれ違いざまに鳥籠を見たが、やはり中は空洞だった。

「黒崎君はどうして煙草を吸うの?」

そう言った夏野は、熱い日差しが照りつける中、長袖のシャツに紺色のネクタイをきっちりと締めていた。暑くないのかと彼女の顔を見るが、夏野は平然とした顔で黒崎を見つめ返してきた。
視線を逸らし、口に銜えていた煙草を灰皿で潰す。肺に溜めた煙を吐き出すと甘い香りがした。白い煙はあっという間に空気に溶けて消えた。

「なんでだろうな」

しばらくの沈黙の後、黒崎は静かに答えた。煙草のパッケージを取り出し、意味もなくふたを開けては閉める。残りは少ない。答えにならない答えに、夏野は興味なさそうに頷いただけだった。

「じゃあ、夏野はどうしていつも長袖なんだ?」

黒崎が煙草を吸う度にふらふらと近寄ってくる彼女は、今もまた、黒崎の横にいた。煙草が好きなのだと言っていた夏野はどんなに暑い日も長袖を着る。それに何か意味はあるのかと尋ねたが、彼女は微妙な顔をして押し黙ってしまった。

「改めて聞かれると答えにくい」
「あー、聞いちゃいけないことだったのか?」
「そう言う訳でも。ただ、普段考えないことだったから」
「いつから長袖ばっかり着るようになったんだ」
「いつだっけ? 中学校? 多分中1くらい」
「そんなもんか」
「そんなもんだよ」

難問を突きつけられたかのように考え込む夏野を傍目に、黒崎は煙草を銜えた。火をつけようとライターを取り出そうとして、それがポケットにないことに気付く。
さらさらと音がした。癖のない夏野の髪が、彼女が首を傾げた拍子に触れ合った音だった。

「なんでだろうね」

苦笑しながら結局は黒崎と同じ答えを出し、夏野は黒崎の煙草に火をつけた。はっと気付いて彼女の手を見れば、

「……手癖が悪いようで」
「まだ良い方だよ、まだね」

ついさっきまで黒崎のポケットに入っていたライターが、夏野の白い手の中で輝いていた。
「悲しそうだ」

 指さされた絵に一言、いつの間にかハジメの横にいた、見知らぬ青年がコメントした。眠気でぼんやりとした目を横に向ける。ハジメより頭一つ分身長の高い青年は無表情に壁に掛けられた絵を指さしていた。
 今度は、絵の方を見る。シンプルな額に飾られた月の絵になんら深い意図は見えなかった。

「悲しそう?」
「ああ」
「じゃあ、悲しいんだろうね」
「そうなんだろうな」

 ハジメの小さな声に青年もまた、小さな声で答えた。話したのはそれだけで、あとは二人、静かな美術館の中でただただ立ち尽くした。お互い視線を交わす訳でもない。青年が悲しげだと評した絵の前で静かに肩を並べていた。




 四時までには病院に着く予定だった。
 しかし、気付いた時には時計は六時を回り、ハジメは未だ電車の中で揺られていた。美術館を出て、電車に乗って、そのまま寝てしまったのだとしばらく考えて気付いた。あちゃー、と声には出さずに呟いた。乗った頃にはがらがらだった車内は、今は人で溢れている。ハジメの目の前では高校生らしい少年がこっくりこっくり船を漕いでいた。やあ仲間。これもまた声には出さずに少年に呟きかけた。
 環状線をぐるぐる周り、電車を降りて病院に着いた頃には初夏の空は夜色に変わっていた。暑さの残滓を引きずるような風がハジメの長い髪を揺らした。
二瓶が物珍しそうに指でつまんでいる物を見て、八坂は文字通り頭を抱えた。

「二瓶さん! それ子猫じゃないですか!」
「ああ、猫だ。小さいな」
「なんで子猫つまんでるんですか」
「拾った」

答えるように子猫が、みい、ともにい、ともつかない鳴き声を上げた。薄汚れた子猫は生まれて日が経っていないようで、手のひらに載るほど小さい。二瓶はそれを目の高さまで上げると、会話をするようににゃあ、と猫のまねをした。

「どうするつもりなんです」
「さてどうしようか」
「飼いますか」
「捨ててこようか」
「かわいそうじゃないですか」
「そうか、なら飼うか」
「本当に何も考えてませんね二瓶さん」

また子猫が鳴く。相変わらず二瓶はつまんでいる。子猫の尻尾がふわりふわりと揺れていた。

「とりあえず二瓶さん、猫こっちにください。汚れくらい拭きましょう」

一瞬拗ねたような顔をされたが、八坂の無言の圧力に二瓶は結局子猫を手放した。外見通りの軽さで手のひらに載った子猫は不思議そうに辺りを見回し、ハンカチを取り出した八坂の手から降りようとする。それをとどめようとしたところで、また二瓶が猫をつまんだ。

「……二瓶さん」
「なんだ」
「猫、好きなんですか」
「さて、何の話かな」

  • ABOUT
ネタ帳。思いついた文章を投下するだけの場所。
  • カレンダー
06 2025/07 08
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
  • プロフィール
HN:
瑞樹
性別:
非公開
  • ブログ内検索
Copyright © Bernadette All Rights Reserved.*Powered by NinjaBlog
Graphics By R-C free web graphics*material by 工房たま素材館*Template by Kaie
忍者ブログ [PR]