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Bernadette
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 部室に置きっぱなしのエレキギターを背負って塾に行った。いつも学校が終わったらすぐ塾に向かうようにしている。学校から家への途中に塾があるからだ。ギターを部室から持ってきたのはこれから夏休みで、学校に行くことが少なくなって練習が出来ないからという理由だ。黒いナイロンがてらてら私の後ろで光っていた。
「ギター?」
 国語の先生が言う。国語の授業が終わって、教室に一人残って宿題をしていた時だった。黒崎という名前の男の先生はすらりとした長身で、スーツがよく似合っていた。暑いにも関わらず白いシャツを着ていたけれど、そのシャツは黒板のせいですこしだけ汚れていた。
「軽音部なので」
「メーカーは?」
「シャーベル」
「渋いな」
 随分とマイナーなはずのメーカーをどうやら先生は知っているようだった。ちょっとだけ誇らしく思った。軽音部の部室の倉庫に置かれたギター。私の安らぎ。このギターの音がどれだけ私の好きな音なのか、語ってくれたら先生は理解してくれるだろうか。少なくとも奇妙な目で見てくる他の部員達とは違うと思いたい。けれど私は語ることなく頷いただけだった。
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 美術大学に所属している身で言うのもなんだが、個性を主張するほど没個性的になっていく気がする。自分と同じように美術大学に入ってきた皆さんはどうやら個性的でありたいと願って美術を志しているらしい。口々に言う彼らを見ていると、だんだんとくちばしをぱくぱくさせる鳥のように見えてきて仕方ない。彼らの外見はまったくと違うけれども鳴き声はまったく同じなのだ。どうせならファルセットの一つでも出してみればいい。
 かくいう私はそういうことをこれっぽっちも考えずに入学してきたので、個性を叫ぶ周囲の中では少しおかしい存在だったかもしれない。私が美術大学を目指した理由は、結局造形に関して学びたいという、当然と言えば当然の理由だった。そんな人間が個性的と言われているこの皮肉さといったら。ご愁傷様。

 ミロのビーナスがある。
 あの像には両腕がない。それは周知の事実だ。
 では、あの失われた両腕を再現してみるというのは?
 おそらくそんなことを言えば失笑されるだろう。自分も十分理解している。再現するなど不可能なのだ。何せ、誰もその両腕がどんなものだったのかを見たことがないのだから。見たことのない物をを想像し、造形する。それが本物に限りなく近くなることはあるだろうけれども、結局は本物ではないのだ。しょせん想像の一つでしかない。
 おそらく私がしようとしているのもそういうことなのだろう。頭部と胴体、右腕。それ以外を私は作り出そうとしている。本物など見たことなど無いのに想像だけで再現しようとしている。勿論、不可能だと言うことは分かっているのだ。
 それでも必死で造形を学び、手を粘土で汚し、塗料で斑になる。私を突き動かしているこの衝動は一体何なのか。もしかしたら恋、なのかもしれない。

 私がその人形を見つけたのは、おそらく十歳前後だろうその人形と同じくらいの歳だったと思う。
 死んだ祖父が持っていた蔵の、一番奥に、豪奢な椅子に座っていた。座っていたと言うよりおかれていた、と言った方が良いかもしれない。人形は埃一つ被っていなかった。
 等身大の人形は、薄墨色の着物を着ていた。だがその体が不完全であることは着物の上からでも分かった。憂いに満ちた顔、首筋を辿って上半身、着物の袖から覗く右手。しかし左手はない。そして足もない。
 とても綺麗な人形だった。等身大の人形などマネキンぐらいしか見たことがなかった。黒とも灰色ともつかない瞳を縁取る長い睫毛、薄桃色の唇、長い黒髪。現実的すぎる造形は不気味を生み出すが、現実と想像のぎりぎりのラインの上に成り立つ人形だった。
 幼い私はその人形を見て心に決めたのだ。この人形が無くした左腕と両足を探そう。見つからないというのなら作り出そう。この人形を完成させよう。
 女子校は魔窟だと心の底から思う。外側からじゃ見えない内側はとてもどろどろしていてハチミツのようにも、腐りきった粘液のようにも思える。そのどろどろからなんとかして逃げようとしたところで一人になるしかなく、わたしは保健室でただ惰眠を貪るしかないのだ。痛むはずのない腹と頭を抱えてセーラー服のスカーフを投げ捨てて、靴を置き去りに布団の中で卵になる。わたしは卵です。でもきっと何も生まれてこない。生まれてくるはずもない。
 きっとこの空間はおかしく歪んでいる。けれどそれをただすことはとても難しいんだろう。なぜなら歪み始めてから時間が経ちすぎているのだ。そして誰も彼も気付かないうちに染まっていく。何も気付かないまま、わたしも染まってしまえば楽だったろうに。中途半端に残してしまったものがそれをとどめているからもどかしい。どうせならすべて捨ててきてしまえば良かったのに。出来るはずもないことを願って卵はひたすらチャイムが鳴るのを待つ。部室に置きっぱなしのシャーベルを想像する。誰が買って誰が使ってきたのかも分からないエレキギターはきっとわたしを待ってくれている。誰も使ってくれなかった古びたギターはわたしの心の唯一の安らぎだった。


 フラッシュ。ノイズ。
 眩しさに目を閉じ、轟音に体を壊された。だがそれも一瞬のことで、気付いた時には真っ暗だった。石造りの部屋の隅っこで固まっていたことに気付いた。体の節々が、痛む。
 湿った空気は甘く腐った匂いがした。石に囲まれた部屋は寒かった。冷えた指先が赤い。息を吐きかけ温めようとしても、その息さえ白く濁った。寒さのわりに服は薄着だった。
 とにかく、暗く寒いこの場所から出ていかなければ、と少女は思った。何故こんなところにいるのかさっぱり分からないのだ。頭の中で警鐘が打ち鳴らされているような、そんな感覚がした。ここは良いところではないと漠然と思った。
 石造りの部屋の扉は重たかったが、少女が体重を掛けて押し込むと、錆びた音をたてて開いた。やはり石造りの廊下には等間隔で明かりが灯っていた。ほんの少しの安堵をため息にこめて歩き出す。同じように並んだ扉からは何の気配も感じられず、廊下にも人気はない。無人の廃墟のようだった。
 古びた階段を上ると、また扉があった。それをおそるおそる開けると、どうやら外に出たらしかった。はっきりとは分からなかった。外は明るかったがそれは全て灯りのせいで、見上げた先に青空も何も無かったからだ。何かに覆われているのか、それとも夜空なのか。ともかく光で満ちてはいたが暗いことと少女の知らない街であることには変わりなかった。
 どうやら少女が開いた扉は通りから隠れたところにあるらしかった。喧噪に向かって歩き始めると、やはり少女の知らない街並を人々が歩いていた。石畳やさがった提灯はいつか見た祭の日によく似ていた。男も女も年齢も関係ない人々が行き交う通りの眩しさに、一瞬の眩しさを思い出してすぐ忘れた。
 途方もない気持ちになった。ここはどこなのか分からず、自分の知っている人を探すにも苦労しそうな人波だ。少女は小さく呻いて通りから背を向けた。
 さっきまでのように体を縮めて固まった。相変わらず、体は痛い。おかあさん、と呟くと、途端に目から涙が溢れてきた。
「おや、こんなところに」
 袖で涙を拭った時だった。濃い影が自分に落ちた、と思って見上げると、仏頂面の老人が立っていた。見知らぬ老人に驚いて思わず涙が止まる。老人は少女の祖父のような白髪ではない、黒々とした髪を後ろに撫でつけていた。仏頂面な上に細いがしっかりとした体格で、見上げた姿は恐怖を引き出すに足る外見をしていた。
 だが、老人はかがみ込んでわしゃわしゃと少女の頭を無遠慮に撫でると、腕を引いて立ち上がらせた。
「家に帰ろうな」
 たった一言、老人がぐいぐいと腕を引っ張り歩き出した。慌てて足を動かしついていく。まるで犬の散歩のようだ。小走りになりながらも少女が疲れそうになると歩調を緩めてくれる辺り、一応気は遣ってくれているらしかった。
 真っ白なケーキの表面に指をためらいがちに埋めると、ずぶずぶとあっさり突き刺さった。柔らかなクリームとスポンジは甘ったるいにおいがした。指の熱でクリームが柔らかくなっていく。もう一本指を埋めた。クリームもスポンジも少しだけ冷たかった。
 ケーキをちぎる。手がクリームでべたべたになった。食べると、口元もべたべたになった。甘いにおいがする。甘い。少しだけ、すっぱい。スポンジに挟まったいちごの味だった。
 またちぎる。食べる。ちぎる。食べる。手がどんどんクリームにまみれていく。溶けたクリーム。黄色いスポンジのかけら。ときどきまじるいちごの果汁。幸せなのか楽しいのかうれしいのかよく分からなかった。
 その人はにこにこ笑っていた。なにがおもしろいのか、自分にはやっぱり分からなかった。けもののようにケーキを食べる自分の姿が滑稽だったのかもしれない。そんなことを気にする余裕はなかった。夢中だった。でも、おいしいとは思わなかった。甘かった。ときどき酸っぱかった。それだけだった。
 ケーキの半分がなくなり、手が真っ白くどろどろに汚れて、おなかもいっぱいになった頃、ようやく気づいた。あの人は横で笑っていた。笑顔にもいろんな種類があるということに初めて気づいた瞬間だった。あの子はどこ?
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