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 風が吹く。砂が舞う。小さな足跡がかき消され、今まで歩んできた道のりが何もかも分からなくなる。右か左か、前か後ろか、それすら曖昧だ。目の前に広がるのは荒涼とした大地だ。はたしてどこから来たのか、知ろうにもどこもかしこも同じ風景だ、きっと分からないに違いない。
 何もかも死んだように静かで、ただ風の音だけが耳元で叫ぶ。その風も時間が経てば消え去るだろう。そして広がるのは荒れ果てた大地のみで、そこに少女は一人たたずむのだ。白いワンピースから伸びた足に砂が絡みつく。なびいた髪が景色を遮る。何も見えなくなる。
 不意に名前を呼ばれた気がして振り向いたが、しかしその先に誰かがいる訳もなかった。その拍子にずれた花冠の、みずみずしい香りが鼻に届く。ぱたぱたとワンピースがはためく。少女は静かに花冠を手に持ち、目を眇める。
 何もない世界にただひとり、取り残されたのはいつの頃だろうか。繁栄を極めた人類も、その文化も、あるいはその外側にあったものも、気付けば滅びて残ったのは広い大地だけだ。時間の流れがよく分からないのは少女自身が人ではないからなのかもしれない。かつてふれあった人々の姿は昨日のように鮮やかで、しかし同時に色褪せてもいた。きっと長い時間が経っているのだ。日が昇り、沈み、また昇る。一定のサイクルはそれを必要とする者がいなければ、きっと何の意味もない。そして少女にそれは必要なかった。
「……あのね」
 だが、もしかすれば。花冠を形作る花の、眩しい白が一枚はがれて風に舞う。
「あのね、私ね」
 振り返るのを止め、もう一度前を向く。どの方角が少女にとって前なのか、足跡が消えかけた今ではもう分からない。だが、結局のところ、どこでもかまわないのだ。少女の足が届く先まで、そこまで行ければ良いのだ。
 歩み続けたその先に、何か一つでもあればそれで十分なのだ。
「待ってるよ。ずっと待ってる」
 もう一枚、もう一枚と花びらが散る。風は強くない。乾いた地面に転々と花びらを落としながら少女は歩く。まとわりついた髪を払い、過ぎていく時間を追うように、ひたすらに目の前を進み続ける。
 人の声や木々の擦れ合う音はない。だが、このまま待ち続けたらいつか聞こえるのだろうか。かつての繁栄ほどでなくてかまわない。ほんの小さなものでも良い。何かが誰かが生きる、その時を待っている。
 そしていつか出会えたら、少女はほほえみながら見守るのだろう。
「私はここにいるよ」
 止み始めた風に背中を押され、まだ細い足を一歩一歩ゆっくり踏み出す。花冠を頭に載せようとしたが、ふと思って宙に放り投げた。天に向けて投げられた花々は、やがて歩む少女の背後に小さな音を立てて落ちる。拾い上げる者のいないまま、静かに朽ちていくのだろう。
 けれどもしかしたら、その朽ちた残骸が跡形もなく消え去った頃には、また新しく始まっているのかもしれない。少女は自分の足下を見て小さく笑う。
 一歩、大きく踏み出した。その足下に芽を出した、小さな草を踏まないように。
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