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Bernadette
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 それでは私はいつまでも、あなたを待っていましょうとその人は言った。
 愚かなことだ、と笑うことは出来なかった。いや、あるいはその時は笑ったかもしれない。半分程度なら。だが残り半分はおそらく、笑うことも何も出来ないただ諦観と悲観の混ざった思いを抱いていたはずだ。
 いつまでも待つなど不可能だ。ヒトである限りいつかは死ぬ。そして自らが死へと向かっていることに気付いた時、きっと待つことを止めるだろう。その頃にはもう、待つことの意義を見失ってすらいるかもしれない。そう、待ち続けることは辛い。待ち人がいつ来るか分からないのならばなおさらだ。終わるとも分からない苦しみの中に一人佇んでいることが、はたして出来るだろうか?
 不可能だと思っていた。だからこそ、その言葉に期待など一つもしていなかった。あと六十年、七十年。それくらい経った頃にはどうせ潰えている命に、望みを持つことそのものに諦めを感じていたのかもしれなかった。諦めは無気力を産む。くだらぬ妄言と一息で笑い、捨てることすら面倒になっていくのだ。いや、だが、もしかすればその時、その瞬間だけは、いくらかの期待を寄せていたのかもしれない。それもまた、時間が経つにつれて失われていったに違いないが。
 だから百年近く経った今、気まぐれを起こした、その結果もまた自分の中では勝手に予想が出来ていた。――どうせ無駄だ。そう思っていたのだ。



「どうぞ」
 重いドアはとうに開け慣れている。たてつけが悪いのか、ドアノブを持ち上げるように開かなければ床に擦れて嫌な音をたてる。だからこの部屋のドアを開ける時には少しばかり力が必要だった。
 朝に開けたカーテンが揺れているのは、空気を入れ換える為に窓を開け放したままだからだ。一人で寝るには大きい、しかし二人横たわるには若干狭いサイズのベッドと机、本棚には何も残っていないが、クローゼットには替えのシーツやタオル、そして成人男性用の着替えが一式揃っている。一ヶ月前に夏物に替えたばかりで、ハンガーから下がっているのはシャツと薄手のスラックスだけのはずだ。しまい込んだジャケットやセーターがそろそろ型遅れだったことを思い出し、あとで買い直すことを決めた。何よりきっと、あのジャケットやセーターは似合わない。ちらりと後ろを振り向き一人納得する。
 美しい男は驚きに目を見張っていた。呼吸することすら忘れたかのように呆然と立ち尽くし、夏の匂いを含んだ部屋を、ぎこちない動きで見回す。
「……ここは」
「曾祖母の代からずっと、管理するように言われてきたんです。いつ帰ってきても良いように」
「誰が」
「貴方でしょう。きっと」
 毎日部屋を掃除して、シーツを替え、布団を干し、季節に合わせてクローゼットの中身を変える。百年近く続いてきたその伝統の意味を、実際の所よくは知らなかった。ただ誰かが来ても良いように、いつ帰ってきても良いように部屋を美しく、過ごしやすく保っていなさいと、祖母に、母に言われてきたのだ。
 そうしてその人は今この部屋に帰ってきたのだ。曾祖母が祖母に言い、祖母が母に言い、母が自分に言い聞かせてきた、いつか帰ってくるその人が。
「多分、曾祖母が生きていたら」
 生涯、その人を待ち続けた曾祖母ならば。
「おかえりなさい、と、言っていたでしょうね」
 美しい男は何も言わなかった。ただ、ぽとり、とその鮮やかな瞳から一粒、涙を落としただけだった。

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