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Bernadette
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 親から子への虐待のパターンに暴力があるのはもはや言うまでもない常識だが、それが発覚しない原因に、彼らが人目に触れない場所を狙って暴力を振るうからだという話を聞いたことがある。
 確かに、顔に青痣をつけた子供がいたら疑うこともあるだろう。それで虐待が知れ渡れば自分の身が危うい。ならば見えないよう隠すまでだ。よく考えたものだと呆れを通り越してむしろ感嘆する。とはいえ隠そうとしてまで我が子に暴力を振るうことの意味が、黒崎には理解できなかった。
 だが、今ならなんとなく分かりそうだ、と腹の鈍い痛みを感じながら考えた。親から子へ暴力を振るうことの意味ではない。暴力の跡を隠さねばならないということへ、だ。
 むしろ見えないところでよかったと安堵するのは相手ではなく黒崎自身のほうだった。うっかり見えるところに殴られた跡があれば周囲の人間が黙ってはいないだろうし、それを誤魔化すのも一筋縄ではいかない。まさか暴力を振るった相手が黒崎のことを考えてそうした訳ではないだろうが、顔を殴られるよりかは幾分かマシだ。痛いのは嫌だがそれが目立つのはもっと嫌だ。
 そろりと殴られた腹をさすった、その手をいきなり掴まれ思わず肩が震えた。
「……別に、腹に何か隠してる訳じゃない」
 殴ったあんたが一番分かってることだろ、と予期せず吐き捨てるような物言いになった。いくらかの毒を含んだ言葉はしかし相手の逆鱗に触れることはなく、むしろ笑いを誘ったようだった。
 だというのに何もできないように掴まれた手には力が籠められ、痛みを訴えている。いい加減離してもらえないものかと暢気なことを一瞬考えたが、それを口に出すほど黒崎は無謀ではない。表情を窺えば、男はこの場にそぐわない、ごくごく普通の微笑を浮かべていた。
「クロちゃんはおもしろいなあ」
 当の黒崎はまったくおもしろくないどころか命の危機さえ感じているのだが、男はやはり笑ったままで追い詰めるのだ。
「でもさ、俺も仕事なんだよね」
 その仕事の内容を、黒崎は確かに知っている。
 屈託無く笑う黒崎の友人が脳裏に浮かんだ。思えばあの友人もまた、この男と同類のようなものだ。その同類を、男は追っているという。理由は分からないし男も話すようなことはしなかった。それどころか友人は自分が追われているという事実を知っているかどうかもあやふやだ。かの友人はそれこそ子供のようで、境界線上をふらふらと歩いているように危うい。黒崎の不幸はそんな友人を持ってしまったことにあるのだろう。
 何の前触れもなく手を掴んでいない方の手が黒崎の胸倉を掴み、壁に叩きつけた。気を抜いていたおかげで壁にぶつけた頭は、とても良い音がした。
「個人的なこと言うとさあ、俺別に君のこと嫌いじゃないんだよね。あっこれオフレコね。偉いじゃないか、生きていくためにバイトして、学業も両立させて。性格もそこまで悪くないみたいだし、世渡り上手な感じとても良いと思うぜ。グッド。素敵。素晴らしい。その歳でタバコ吸うのはどうかと思うけど」
 勢いよくシャツを掴まれた拍子に引っかかれた胸元が痛い。頭は痛いと言うより、熱を発しているような感覚だった。その熱が、す、と首筋まで伝っていくのに気付き、出血しているのだと知る。これは隠しようがない、いや、髪で見えないはずだ。そんなことを考えた。
「だから是非生きていて欲しいんだけどね。だけど言ってくれないんじゃあどうしようもない」
 呼吸が苦しくなり、少しだけ唇を開けた。漏れ出た吐息が熱いのに、感じるのは冷気だけだ。体全体から熱が奪われていくような錯覚に陥った。おそらく恐怖しているのだ。思考が追いつかないだけで、体は殺されるかもしれないという恐怖におののいている。
 痛む腹や手首や胸元が、強かにぶつけた頭が、まだ生きているのだと訴えている。
「生き急ぐなよ少年。別にこれくらい、裏切った内には入らないさ。大丈夫、人間生きてりゃこれ以上に酷い裏切りだってある。君が気に病む必要は」
 全然無いぜ、と男は言う。ぎりぎりと力を込めて、まるで黒崎を壁に埋め込むつもりかのように追い詰める。こんな時になってもまだ涙の一つが出ていないことに気付いて笑いたくなった。本当に恐怖している時には、涙なんていう無駄な物体は存在すら忘れてしまうのだ。
「だからさあ、教えてくれよ。41はどこだい?」
 そこでようやく男は笑みを消し、冷たい目で黒崎を見た。
 おそらく何も考えていなかったのだろう。その一瞬だけすべての痛みがなくなったように思えた。人を殺すことに躊躇しない男の顔を真っ正面から見据える。何もかも馬鹿馬鹿しくなって、黒崎は唇を歪めた。
「知るか、そんなこと」
 吐息のようにか細い声はコンクリートの壁に、地面に、零れて跳ね返ることはない。男の目が街灯の光を受けて一瞬きらめいたのが、妙に現実離れして見えた。
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