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Bernadette
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鮮やかな翼に似たオレンジと青を開く極楽鳥花を一本、彼はそこにいた。
ストレリチア。統一性のない色を持つ、架空の鳥に似た植物。

「花ってさ、いつか枯れるから綺麗なんだと思う」

ない花瓶の代わりに縦長のグラスに水を注いで花を生ける。花屋で買ったという一本はしおれることなく姿を保っている。緑の茎に小さな鳥が一羽止まっているようだった。

「よく分かんないけどさ。この花がずっとこのままなら、おれはきっと、持って来なかった」
「……」
「よく、分かんないけど」

もう一度繰り返して彼はソファーに身を沈めた。甘い煙草と僅かな汗のにおいが一瞬香り、すぐに消える。彼が放り投げたジャケットがフローリングに落ちる前に受け取りハンガーに掛けた。
ジャケットには彼の匂いが強く強く染み付いていた。紅茶に似た煙草の匂いが呼吸をするたびに嗅覚を刺激する。

「どうして花って枯れるんだろうな」

振り向くと、彼が指先で極楽鳥花をいじっていた。

「でも、枯れるからこそ綺麗なんだろう」

数分前に彼が発した言葉をそのまま返す。彼はゆるやかに笑って見せた。はばたくことなき極楽鳥は彼の指先で鮮やかに咲き誇っている。枯れる瞬間まで、彼はきっとその花を愛すだろう。そして枯れた時、きっと悲しむに違いない。続かないからこそ美しい。彼はきっとそれを、心の底から知っている。
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電池が切れた時計も、バッテリーを外した携帯電話も、椎名を現実から切り離されたような気分にさせた。街中の喧噪は耳に入っても入っても雑音として処理されて、結局は静寂として認識された。椎名はそっと笑った。こんなにうるさいのに静かなんてあまりにも矛盾している。
一人でいるのは嫌いではない。誰かと話すことがない分、街の音がよく聞こえる。一人になりたい時、椎名は決まって街中を徘徊した。男物の黒とスカイブルーのスニーカーを鳴らし、人波をかき分けていく。知らない人の香水の匂いや足音、笑う気配。ゲームセンターから漏れ出る騒音や行き交う車の排気ガス。腐ったような、甘いような、煩いような、心地よいような。全てが混ざり合って一つの雑音になり、そして椎名の世界はそれを静寂として認識する。
ポーズをとるマネキン達で飾られたウィンドウを通り過ぎる。赤信号で足を止めた。通り過ぎていく車が起こす風でセーラー服のスカートや、金色に脱色した髪の毛を揺らした。赤信号で立ち止まる人々は一秒ごとに増えていく。自分の立つスペースがだんだんと小さくなっていく。息苦しい。

「椎名」

雑音で作られた静寂を壊したのは聞き慣れた声だった。振り返るより先に横から肩を叩かれた。
視線を向ける。見慣れた長身がそこにいた。

「せんせー」

ダークグレーのスーツの袖は白と黄のチョークで汚れていた。椎名の間抜けた声に藤堂は怪訝そうな顔をした。
車道側の信号機が黄に変わった。

「なんだ、寂しそうだな」

歩道側が青信号になる。

「なんですか、それ」

動き出した人波に押され、椎名と藤堂は足を踏み出した。せわしげな足音のリズム達を尻目に二人の足は遅く、それを避けるように人々は前へ前へと行ってしまう。

「ただの思いつきだ」
「寂しくなんてないですよ、きっと」
「きっと、なんだろう」
「そうです。きっとです。希望型なんです」
「なら、寂しいんだろう。お前いつも一人じゃないか」
「一人は気楽ですよ。嫌いじゃないし」

スクランブル交差点の真ん中で、椎名と視線を合わせることなく藤堂は言う。

「嫌いじゃないと好きであることは必ずしもイコールじゃないだろう」

彼の声は、雑音として認識されない。

「じゃあ、私は一人が嫌いなんでしょうか」
「それ以上は俺は知らない。自分で考えなさい」

一人でいると街の喧噪がよく聞こえる。けれど、その中に椎名の望む音はない。雑音、のち、静寂。ノイズだらけの椎名の世界はいつだって静かだ。
歩くスピードは遅いままで、信号は点滅を始めていた。

「先生、分かりません」

早足に通り過ぎる他人の背を見つめて、藤堂の袖を小さく掴んだ。椎名の小さな声は雑音の中でも、隣の教師に確かに届いた。彼は怒るでも呆れるでもなく、ただ頷いただけだった。
信号が赤く染まる。藤堂が早く渡ろうと促すように袖を掴まれた腕を引いた。その手首に銀色の時計が一瞬見え、そろそろ腕時計の電池を交換しようか、と椎名はなんとなく思った。


青。
水槽の中をたった一匹、青い魚が泳ぐ。熱帯魚のようなはっきりとした青ではない。空に似た涼しげな薄青の鱗を持った魚だ。
この魚の名前を、夏野は知らない。
一匹のためだけに用意された水槽は、魚に似た青色のライトで照らされている。夕方を過ぎ夜になった部屋の中、そのライトだけが煌々と光っていた。手にしていた鞄を放り投げ、制服のまま水槽の前に座り込む。夏野の手のひらにのる程度の大きさの魚は悠々と水の中を泳いでいた。
青。
その魚は、だんだんと形を変えている。
最初は金魚のように小さく愛らしい形をしていたそれは、もはやその原形をとどめていない。一回りも二回りも大きくなった魚のシルエットは奇妙というほかない。えらの辺りから人のような腕を生じ、伸びた頭近くは人の上半身に形を似せ、日々顔らしき物を形成している。
今もまた、それは生まれたばかりの腕を伸ばし泳いでいる。魚だったはずのものはもう魚とは呼べない。
青いライトに照らされたアクアリウムをひたすら見つめながら夏野は思う。中途半端に人の形を取ったこの生物が完成したら。
それは、人魚というものになるのではないだろうか。

「あのさあ黒崎君、ちょっと良い?」

今日の分の授業を終え、帰り支度をしている時だった。塾講師としての先輩に当たる鳩山がちょいちょいと手招きをしてきた。自分の担当授業に何かあったのだろうかと思ったが、高校一年の英語を担当している黒崎と、高校三年の国語を担当している鳩山に直接的なつながりはない。首を傾げつつ近寄ると、鳩山は無言で事務室の外へ出ようと促した。
大体の生徒が帰り講師が事務室にいる中、廊下にはまったくと言って良いほど人気がない。そのベンチに座ると、鳩山はおもむろに口を開いた。

「悪いな、いきなり」
「大丈夫です。何かありましたか?」
「いや、黒崎君の授業に関してじゃない。まあ関係あると言えばあるんだけどな」

あいまいに言葉を濁らせる鳩山の手が、スーツの胸ポケットに動く。取り出されたのは畳まれた紙片で、開くと住所と名前らしき物が書かれていた。
それを黒崎に差し出し、鳩山は言う。

「実はな、臨時でバイトを頼まれて欲しいんだ」
「バイト、ですか」
「そんな難しいことじゃない。この住所に行って、英語を教えてきて欲しいっていう、それだけ」

紙片を受け取り住所を見る。塾とは真逆の方向で、マンションの一室のようだった。住所の下には電話番号と、名前が書かれていた。

「そのバイトって言うのは、ようするに家庭教師みたいな感じですか」
「そうそう。ちょっと事情があって塾や学校に行けない子なんだよ。だから一回でも良いから、ちょっと英語を教えて欲しいんだよ」

鳩山から提示された内容はアルバイト講師としてはとても魅力的だった。指定された住所に行き一時間程度、高校一年の英語を教えるだけ。一回一万円、つまり時給一万円と言うことになる。とりあえず一回だけだが、先方やこちらの希望があればそれ以降も続けて良い。時間指定はあるが、赴く日は連絡さえしておけばいつでも構わない。
特に迷う必要もなかった。家庭教師というのは初めてだったが、それは授業の対象が数十人から一人に減っただけだ。むしろ大量の視線を浴びない点では一人の方が気楽かもしれない。

「分かりました、やってみます、そのバイト」

そう答えると、鳩山は安堵したように表情を和らげた。

ひらめきで作られた物は無難な物よりも最悪に傾いた物の方が多いと黒崎はよく思う。そう思うようになった原因は、その黒崎の前で苦笑いを浮かべていた。
笑ってる場合じゃないだろ、と沈黙を断ち切るように呟いた。

「なにこれ」
「食べ物」
「食べ物ですらねえ」

白い皿に盛られた焼きそばらしき物体を指さす。タカが気まずげに視線を逸らした。

「なにこれ」

もう一度尋ねる。

「食べ物のはず」

揺らぎが生じてきた。

「食べ物ですらねえ」
「食べ物のはずなんだよ」
「まったくそう見えないんだが」
「眼鏡買ったら」
「まずはお前が買った方良いよ」

焼きそばのソースの匂いに混じって魚の生臭いような美味しいような微妙な匂いが漂ってくる。顔を寄せて焼きそばらしき物体を観察すると、煮干しの頭らしき物が見えた。
何かを言う気力が無くなり睨みつけると、タカは慌てたように弁解を始めた。

「食べる物と食べる物を混ぜたんだから食べ物のはずなんだ。カクテルだってそうだろ」
「カクテルとお前の思いつきの料理を一緒にするな」
「いや、大丈夫だって。大丈夫。見た目グロいけど食えるって」
「味の保証は」
「食えば分かる」

差し出された割り箸を無言で受け取り、二本に割る。黒崎に倣ってタカも割り箸を割った。しかし二人の手はそれ以上動かず、宙に浮いたままだった。
煮干し焼きそばは二人の目の前で、外見だけは美味しそうな湯気を放っている。
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