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Bernadette
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・金髪にした方が阿婆擦れっぽくて良い話
・肉嫌いに無理矢理肉食べさせて苦しませる話
・人食いと食われる話
・潮騒直せ
・冬子となんか
・タイトル直せ
・黒崎九条
・黒崎が嘔吐してる話
・二瓶と八坂と子猫の話
・ハルと冬子の相手の話
・百合をもうちょっと詳しく
・薔薇
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 オープントゥ・パンプスは、海に似た色をしていた。
 手にしたそれを上から、下から、横から眺める。エナメルの独特の艶が店内の明るい照明を反射して輝いた。細いベルトにはアンティークゴールドの金具がついている。シンプルだが品の良い、落ち着いたパンプスだ。一目で気に入ったそれを履こうとして、ヒールの高さに気づいた。
 姿見の前に立ち、蓮は自分の姿を見た。癖のある黒髪は長くない。クリーム色のVネックセーターにシンプルなジーンズ、そしてスニーカー。女にしてはだいぶ身長が高い。履いているスニーカーはぺたんこで、それでも背が高いという事実は変わらない。手にしたパンプスはざっと五センチほどのヒールだ。単純計算でも結果が酷いことになる。どうしようもない気分になった。
 何より、蓮は普段から高いヒールを履かないようにしている。慣れない靴を履けばどんなことになるか、分からないはずがない。
 どうしようもない気分のまま棚に戻そうとして、手が止まった。手の中の深海色が誘惑するように、目を離せなくなった。蓮は小さく唸った。買っても良いのだろうか。誰ともない誰かに許可を取りたくなった。
「お客様、もしよろしければ試着してみては?」
 タイミングを計ったように女性店員が笑顔で話しかけてきた。
 それが決定打になったことは言うまでも無い。


 椿屋に入ると、甘い匂いがした。一瞬遅れてコーヒーや紅茶の香りが混じる。飴色の床に一歩踏み出すとかつん、と固い音がした。自分の足音に自分で驚きながらなるべく音を立てないように歩く。その蓮の姿を店主が不思議そうな目で見ていたかと思うと、顔を背けてくつくつと笑い始めた。自分の顔が苦虫をかみつぶしたような表情になるのが分かった。顔を逸らし、慎重に歩く。
「転ぶなよ」
「転びませんよ」
「どうだかな」
 アキノの話をしようと思う。
 私がアキノと出会ったのは五年前のことになる。だからといって私がアキノについて知っていることはそう多くない。実際私は彼の正確な年齢も分からないし、どこで生まれ育ったのかも分からない。病院にやってくる前までどんな仕事をしていたのかも知らないし、私の知っていることは本当にわずかだ。
 彼は一日の大半を眠って過ごしている。そういう病気なのだ。だんだん睡眠時間が増えていき、最終的に眠り続け、そうして最後は眠ったままゆっくり死んでいく。だからアキノの死に方はすでに決まっていると言ってもいいだろう。五年前から伸び続けている睡眠時間は、とうとう起きている時間を上回ってしまった。起きる時間もばらばらで、たった一時間で起きてしまうときもあるし二日間ほど眠りっぱなしのときもある。彼の生活は不規則で、そのせいで体の調子はあまり良くない。
 アキノは減りつつある自分の時間を、たいていはピアノを弾くことに費やしている。彼はピアノを弾くのが得意だ。病院の共有スペースに置かれたグランドピアノを、それは楽しそうに弾く。楽譜を見ているときもあれば、何も見ずさらさらと手を動かすときもある。私はいつも彼の斜め後ろでそれを見ているが、そのときの彼は死ぬことが決まっている人間とは思えないほど生気で満ちている。
 私と彼がどのような関係なのかと問われれば、私は友人だと答えるだろう。私は週に一回、電車に乗ってこの病院を、アキノを訪れる。最近は寝ていることの方が多いが、起きていればピアノを弾いているのをそばで見ているし、時々話もする。アキノもまた私のことを友人と思っているには違いなく、交わす言葉は少なくお互いのことを多く走らないが、私たちはそういう関係で成り立っている。
 その日のアキノは、珍しく起きていた。
 入院中の友人に何を渡せばいいのか、未だに私はよく分からない。いつものように悩んで悩んで、家の近くの洋菓子屋でフルーツタルトを買って行った。季節も原産地も関係ない果物がつやつや輝きながらたくさん乗ったフルーツタルトは、ただ私が食べたかっただけと言っていい。アキノと私の分二つを抱えて病室に行った。アキノが眠っていたら、そのときは私が二つ食べてしまっても、あるいは彼のそばの冷蔵庫に入れてメモを置いていってもいいだろうと考えていた。
 彼は起きていた。ベッドの上で体を起こし、ヘッドフォンを手にしていた。
 私はまず、彼が起きていたことに驚いた。次にピアノを弾きに出かけていないことに驚いた。スライドドアの音に気付いたアキノが私を見た。あまり血色の良くない、いつもとそう変わらない顔をしていた。そう言ってしまえば、彼のたいていは変わっていない。ただ、黒々としたヘッドフォンがいつもと違った。
 彼のベッドには橋が架かるように、折りたたみのテーブルが置かれていた。主に食事時に出されるそれの上にはペンと紙が散らばっていたが、アキノはあっという間に片付けてしまった。
「何を?」
「仕事を」
「仕事なんてしてたの」
「してるんだ」
 アキノは呆れたように答えた。意外なことだった。彼はついでにヘッドフォンも片付けてしまい、五年間ほとんど変わることの無かったアキノに戻る。私はテーブルの上にタルトの入った白い箱を置いた。起きる時間が不規則になった彼は食事の時間も不規則だ。眠り続けているとその食事さえ摂らなくなってしまう。箱を開けて見せると、ああ、とアキノは吐息に近い声を上げた。
「そう言えば、腹が減っていた」
「フルーツタルト。食べられるかな」
「食べられるさ」
 折りたたみ椅子を開き、テーブルの横に置く。そこに腰掛け私は二つ、タルトを取り出した。中を探ってプラスチックのフォークも取り出した。入院着に包まれた、細い手首が伸びてきた。その手の平にフォークをのせた。
1俺とペット
 この男は自分をペット以下の何かだと見なしているようだ。
 どうやら骨よりも皮膚の再生の方が早いらしく、皮膚が傷口を覆ってから骨がめきめきと再生し始めるので、皮膚を突き破ってしまう。ひどく痛い。呻く。無くなった右腕がどんどんの形を取り戻していく。それはそうと無くした右腕はどこに行ったのかというと、男の胃の中だ。美味しく食べてしまったらしかった。


2絵師と死に神
 ちぎれた自分の手足の先に、白い少女がいた。それはいつか自分が描いた少女であり、自分の理想の形だった。
 ああそうか、と思った。
 つまりは、自分の死の形だったのだ。描きたいという衝動のもとに描き散らした全てを越えたあの作品の、モデルは、そもそも自分の幻想だったのだ。
 白い少女は笑った。迎えに来たのだと笑った。そうだ、これが自分の描きたかった絵なのだ。結局は死へと繋がっていく、それが生なのだ。死神は笑う。


3大詐欺師
 雪が溶けて春になる。流れる時間が止まってくれるはずもなく、三月の図書館に訪れる足音は消えた。
 カウンターの上で腕を組んで顎を乗せる。あの日確かに触った骨張った手を思い出す。一瞬だけ触れた指先の冷たさは雪に似ている。なら今頃彼の指は溶けているのだろうか。
 あの日誰かが言った、永遠は嘘。交わす言葉は無かった。言葉に表せないそれは恋だったのだと、今更気付いたところでどうしようもなかった。
 こんな夢を見た。



 四角い棺に入っていた。その棺はわたしの体には少し小さく、どちらかというと浴槽に浸かっているようだった。ただし棺と言う名の浴槽に満たされているのは水ではなく、鮮やかなピンクの花であった。
 花の香りで満ちていた。
 上体を仰け反らせ、狭い棺の中で体を伸ばす。顔に何かが当たった。見上げると、暗闇からピンク色の花が降ってきているのだった。薔薇のように花びらが幾重にも重なったその花の名前をわたしは知らない。見たこともない。花の匂いは甘やかで、黒く囲まれた棺の周りに僅かな音をたてながら降り積もっていった。


 喪服を着た男がいた。
 黒髪を後ろに撫でつけたまだ若い男は静かな目で棺に入ったわたしを見ていた。煙草を口に銜えていた。煙がゆったり流れ始めると、降り続けていた花の雨が止んだ。雪のように積もった花に足を埋め、男はわたしをじっと見つめていた。
 わたしもまた彼を見つめていた。
 彼はゆったりと微笑んだ。苦笑のような、子供をあやす大人のような笑い方だった。お前のことは分かっているよとでも、言いたげなまなざしをしていた。
 腕を伸ばし、近付いてくる彼の手首を掴む。さくりさくりとまるで雪を踏むような足音を響かせながら彼は煙草をくゆらす。掴んだ手首は想像していたよりも細く、袖から伸びた手は青白かった。
 掴まれた手とは逆の手で、彼は煙草を持った。いまだ煙の上がる煙草は不思議とさっきから減っていない。だが火はいまだ赤くくすぶり、黒色に慣れたわたしの視覚を刺激した。
 お前の言いたいことは分かっているよ。彼の目が言う。
 彼の手が、煙草を持った手が、わたしの棺に近付いてくる。棺の中の花に近付いてくる。身を埋めるピンクの花は浴槽のような棺の中で、しかし水ではない。葬ってくれ。わたしは言う。お前のその火でわたしを葬ってくれ。
 紙に火がつくよりもたやすく花は燃え上がった。花から花へ火が燃え移る様は素早かったが、わたしの目にはひどくゆっくりと映った。炎は花に埋もれたわたしの体も同じように灰に変えていく。わたしはいまだ彼の手首を掴んだままだったが、彼は棺の傍に寄り添うように片膝をついて、燃える火を眺めていた。
 すまないな、とわたしは言った。もうしばらく待ってくれ。そうしたらわたしは真っ黒に燃えて灰になるだろう。そうしたらお前にぜんぶやろう。もう少し待っていてくれ。
 彼は微笑んだ。その笑みが悲しげだったことに、目が焼かれ始めてようやく気付いた。さようなら、とわたしと彼の口が同時に動いたところで、すべて見えなくなった。
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