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Bernadette
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 両側を灰色の塀が平行に並ぶ、小道を歩く。車が一台通れるかどうか、それほどの狭さの道は甘い匂いがした。塀からこぼれるように顔を出した紫色の藤の匂いだった。手にした風呂敷包みを抱え直す。甘い匂いは数歩離れても香ってくる。


「ところでそこの君。悪夢はいらないか?」
 黒いスーツの男がにこやかに話しかけてきた。


「夏野、しめろ!」
 五木骨董店に入った途端、店を切り盛りする女性の絶叫が鼓膜を打った。驚いて扉を閉め、その一瞬後、ガラスに軽いものが当たる音がした。
「ナイス!」
 夏野へ叫んだギンコが喜びの笑顔を浮かべて狭い店内を走り寄ってきた。何事かと周りを見渡すと、足下に金魚の形をした物が落ちていることに気付いた。そしてすぐその認識を改める。金魚だ。
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 倉庫を整理していると、細長い箱が出てきた。形からして巻物が入っているということは容易に想像出来たし、実際中身を確認してみると、夏野の予想通り巻物が入っていた。ただ、それが巻物が置かれた棚ではなく、倉庫の隅にぽつんと放置されていたのが気になった。
 書斎にいる冬峰にお茶を持って行くついでに、その箱ごと巻物を持って行くことにした。
 冬峰は小脇に抱えた箱を見てまず目を見張り、そして懐かしげに笑った。
「ああそれは。しばらく見ないと思っていたら」
「倉庫の隅っこに転がってました」
「そんなところにいたのか。どおりで見なかったはずだ」
 まるで巻物そのものが勝手に動いたかのように言う冬峰は夏野からお茶を受け取ると、それを開いてみると良い、と言い出した。
 開くと、まず見えたのが虎のような動物の姿だった。更に広げると、それが確かに虎であることが分かった。かと思うと、その虎が突然巻物の中を動き始めた。
 驚いて目を見開いた夏野を冬峰は笑った。
「良いだろう、それ。動くんだ。生きているらしい」
412
 綺堂の塾の教え子が死んだ。駅のホームから突き落とされたのだという。駅を通過する電車だったようで、その遺体は木っ端微塵で身元の判別も危ういところだった。
 事故ではなかった。誰かに押されて落ちた、その瞬間を見ていた人々が多くいるからだ。フードを深く被った細身の誰かが、その背を押したのだという。
 犯人は見つかっていない。

 ただの講師である綺堂はその生徒の葬式に参加する訳でもなく、一人少なくなった教室でいつも通りの授業をした。淡々と話し、数式を解かせ、解説した。講師室に戻っても同様で、担当クラスの進捗状況や各生徒の小テストや宿題の具合をメモした。ほかの講師たちと当たり障りのない話をし、そして塾をあとにした。
 駅まで歩く道すがら、死んだ生徒がどんな生徒だったのか、思い出した。ごくごくふつうの少女だった。数学が苦手でいつも五十点をとるかとらないの成績だったはずだ。髪が長く、わずかに脱色していた。携帯電話をいじり、ほかの女子生徒と楽しげに話していた。それは授業中も授業外も同じで、授業中の私語には綺堂もわずかながら困っていた。
 逆に言えばそれくらいしか思い浮かばなかった。その少女の人となりはそれ以上わからない。優しかったのか短気だったのか好きなアイドルはいたのか趣味は何だったのか。
 思考を止める。信号が青になり、早足で横断歩道を渡った。もうやめよう、と頭を振った。考えてもどうしようもないことを続けても意味がないのはわかりきったことだった。身近な他人が死ぬことに動揺し、頭が固まっているだけだと綺堂自身も自覚していた。冷静になろうと深呼吸をする。ただ、背中に冷たい物を流し込まれたかのような感覚を覚えた。
 駅に入ると帰宅者の波に飲み込まれた。スーツ姿の男女の間をくぐってホームに向かう。あと五分で電車がくる。
 あの少女もこうやって電車に乗ろうとしていたのか、ふと思った。振り向いた先に綺堂の背を押す者などいない。いてもそうだとはわからないだろう。人がいつ死ぬかなど誰にも知ることは出来ない。それでいいのだと言い聞かせた。突き落とされて死んだ少女の顔が一瞬思い浮かんですぐ消えた。
 41は人殺しだ。正確に言うならば人殺しを生業とする人殺しだ。いわゆるところの殺し屋に近い。家と言った家はなく、トランク一つ、それだけが41の私物にあたる。ふらふらと旅でもするように街の中をさまよい歩き、時々人を殺し、生きている。
 シャワーの栓を閉めると浴室に元の静けさが戻った。白い湯気が体から立ち上っている。曇った鏡をぬぐう。41自身の平らな体が映った。しばらくぼんやりとそれを見ていた。普段は服に隠れた肌は病人のように白かった。
 家主のいない部屋を、タオルで髪の水気を拭きながら横断する。クローゼットの中を物色して適当な服を見つけ、冷蔵庫を開けてペットボトルの炭酸水に口をつける。中に入っていたプリンを食べながらテレビをつけると、人が線路に落とされる事件が報道されていた。
 良くないなあ、とプリンを食べながら思う。人を線路に突き落とすのはよろしくない。少なくとも41はしない。何故わざわざそんな危険なことをするのか、そもそも人を殺すならばもっと安全なやり方があるはずだ。そこまで考えて、まあ自分の考える事じゃないよなあ、と思考することを止めた。食べ終えたプリンのカップをゴミ箱の奥深くに隠すように捨てた。
 さて、と一息つく。物色した服の中から良さそうな物を選び、着替えた。いつものようにフードを深く被る。ついでに棚の奥に隠されていた一万円札数枚をトランクに詰め込んだ。来た時よりも美しく、とは言わないが、来た時と変わりないように部屋を整えた。
「おじゃましましたー」
 にっこり笑って41は見知らぬ誰かの部屋を後にした。
 人魚の肉が欲しいと訴えた女性は美しかった。鬼気迫った人独特の雰囲気をまとった美しさだった。


「しかしね夏野、人魚の肉など、食べたところでどうにもならないのさ」
 冬峰はいやらしく笑って見せた。
「なにせ不老不死が与えられるのは限られた者だけだ。食ったところでどうせ、死ぬか苦しんで死ぬかのどちらかだろうよ」
 まったくこの世はままならない。永遠に美しくありたい者は醜くなり、さっさと退場したい者がいつまでも残り続ける。
「お前もそうだろう」
 押し黙る夏野に冬峰は問うた。答えなんて分かっているでしょう、と言うと、まあな、と答えが返ってきた。


「うん、お前の淹れる茶は美味い」
 熱い茶をすすりながら菓子を口に放る。
「最初ここに来た頃とはまるで別だ。うん、良いな」
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