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Bernadette
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「先輩って紐タイ好きなんですかー?」
 言われて触れた胸元で、紺色の紐タイが揺れた。それを留めるタイ留めは楕円形をした銀色に、同じく青色のガラスが嵌っている。もともとは夏野の父方の祖父が使っていた物を、数年前の誕生日に貰った物だった。
「紐タイと言うより、タイ留めが気に入ってる」
 その祖父も、夏野が十七歳になるのを待っていたかのように死んだ。彼の遺品は未だ屋敷の中の一室に閉じ込められているのだろう。夏野が貰ったのはこの一個だけで、それも今の棚に偶然入っていたのを貰っただけだった。探せばまだあるかもしれないが、それだけのために実家に帰るのは面倒だった。
「綺麗な色ですもんね、それ」
 後輩が羨ましそうにタイ留めを見つめてきた。表面にそっと触れる。水の中のような冷たさが指先に残った。


 
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 収集家たる冬峰を訪ねてくる客は多い。彼が珍しい物を好んで収集する、そう言う人物だという前提の元にやってくる彼らは何かしらの問題を抱えてくることが多い。冬峰は彼らに対して名は尋ねない。そして同情する訳でも、突き放す訳でもない。ただ彼らの訪問を受け入れ、話を聞く。抱えてくる問題の大半は珍品を巡ってのもので、冬峰が集めた珍品は私の物だから返してくれと言われれば返し、持ってきた物をどうか受け取ってくれと言われれば受け取る。
 つまり、冬峰は集めることに執着しているのであって、集めた物に執着は何も無いのだ。その珍品が増えることにも興味はない。彼の目的は何かを収集すること、それのみなのだと夏野は理解している。
 冬峰の自宅は洋館で、屋敷の造りは多くの人の訪問を前提にしており、客間や応接室、二十畳ほどの小さなホールが広くとられている。大正時代や明治時代を思わせるレトロな造りの館は一人で住むには十分広い。
 総部屋数の半分は使われていない、もしくは倉庫にされているであろうその館の中で、夏野は虎を見た。
「……」
 倉庫代わりにしている部屋の扉が薄く開き、そこから体を滑らせるように白い虎が出てきた。虎はしなやかに体を動かし廊下の奥へ、夏野のことなど見えていないように歩いていった。
 その姿が曲がり角で見えなくなったところで、夏野の肩からスケッチブックの入った鞄が滑り落ちた。さて何事だろうと考えた。冬峰はいつの間に虎を飼っていたのだろうか。しかも、白い虎である。そこまで思って自分が馬鹿げたことを考えていることに気付き、思わず苦笑した。たかだか動物が家の中を歩いていただけだと考えると、そう深刻なことにも思えなくなった。勿論それはただの思い違いであることは分かっていたが、考えるだけ無駄なことが世の中にはたくさんある。
「冬峰さーん」
 落ちたバッグを拾い上げ、夏野は書斎に向かって声を掛けた。一拍遅れて返事が戻ってくる。冬峰は今日も書斎に篭もりきりだったらしい。不健康だと思いつつも夏野も実際は似たような生活をしているので人のことは言えない。学校に残してきたエプロンが頭の中をよぎった。薄汚れたエプロンも、そろそろ洗い時だろう。
 本棚で囲まれた書斎を覗くと、冬峰が振り返って夏野の方を向いた。
「あ、冬峰さん」
「夏野、ちょうど良かった」
「はい?」
 いつものように何を考えているのか分からない顔をした冬峰は、しかし困ったような声を上げた。なんでしょう、と答えると、年齢のよく分からない顔に懇願するような笑みが浮かんだ。
「お前、美大生だろう。絵、描けないか」
「絵、ですか」
「困ったことになった」
「どうせロクでもないことでしょう」
「ああ、いつものことじゃないか」
 皮肉をこめた夏野の言葉に肩を竦めて返し、冬峰が見せたのは掛け軸だった。端が経年劣化で黄ばみ、それなりに古いことが窺えた。薄墨色で木々や岩が描かれているが、それだけだった。一際目を引くような物は何も描かれていない。
 夏野が首を傾げると、冬峰はますます弱ったような表情をした。
「絵が消えた」
「はあ、消えましたか。劣化で?」
「まさか」
「というと」
「自分から出て行った」
 当然のように言ったおかげではいそうですか、と簡単に頷きそうになったが、慌ててこらえる。とりあえず落ち着こうとため息をつき、鞄をひとまず書斎の隅に置いた。
「掛け軸の絵はいつから動くようになったのですか」
「さあな。絵は動かない物と昔から相場が決まっているが」
「変なことですね」
「ああまったく変なことだ。だから価値があるんだろう」
「絵が勝手に動くと言うことが?」
「動かないただの掛け軸を私が収集すると思うか?」
 一拍おいて答える。
「まあ、思いませんね」
「だろう」
 考えるだけ無駄なことが世の中にはたくさんある。
・黒崎が落ちる
・41が落とす
・綺堂の教え子が死ぬ


 愛しい他人の家を出て、向かった先は唯一と言って良い友人の部屋だった。黒崎という青年はほぼ昼夜逆転した生活を送っていることを41は知っている。昼を過ぎ、そろそろ起きた頃だろう。不用心なことに、家にいる間彼は部屋の鍵を閉めない。ゆえに彼がいる間は41も自由に家に入って遊ぶことが出来たし、時間帯によっては食事を出してくれることもあった。
 予想通り、黒崎の部屋の辺りから良い匂いが漂ってきた。そしていつも通り鍵が開けっ放しだった。チャイムを鳴らさずドアノブを回し体を滑り込ませる。驚かせようとそっと靴を脱いで上がると、キッチンで料理をしている青年の後ろ姿があった。
 テーブルには既に、一人分とは思えない量の料理が出ていた。黒崎は随分と燃費が悪い。その量に呆れつつもゆっくり近付き、肩に手を乗せてみた。
 青年は声を上げずに体を震わせた。してやったりと41が笑ったタイミングで、驚いたように体を離し振り向いた。黒崎の目が41をとらえ、そして大きなため息をついた。
「心臓に悪いな、お前」
「驚かせようとしたんだから当たり前だろ」
「冗談じゃない」
「あ」
「あ」
「あ。……いらっしゃいませー」
「きーちゃんここで働いてたのか。知らなかった」
「俺も塾講師と喫茶店だけかと思ってた」
「無駄話は良いからさっさと決めてよ後ろ詰まってんだから」
「んじゃ俺カフェオレ……ちょっと待ってやっぱりなし抹茶フラペチーノで」
「サイズは?」
「トールで」
「かしこまりましたー」
「クロりんは?」
「んじゃー、ベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースランバチップチョコレートクリームフラペチーノで。あ、トールで」
「……」
「…………」
「すいません睨まないでください」
 こんな夢を見た。

 持っているお猪口に酒がたっぷりと注がれた。それをちびちび飲みながら私は皿に盛られた肉をつまむ。うまい肉だ。たれはちょうど良い塩梅で、焼き加減も申し分ない。
「うまいか」
「ああ、うまい」
 目の前に座る男に問われたので、私は素直に頷いた。男も私と同じようにお猪口を持っていた。ただし彼の前には肉はない。代わりに刺身が置かれていた。
 男は小皿に醤油を差し、わさびをつけ、刺身を一切れ箸でつまんだ。脂がてらてら七色に輝く魚の身は透明に近い白だった。あれもずいぶんと良い魚を使ったのだろう。男は醤油をつけ、わさびを乗せてそれを食った。私もまた肉を食った。
「なあ君、それは何の刺身なんだい」
 別段、刺身を食べたかった訳ではない。ただ単純にその魚が気になっただけだった。我々はお互いが食べるものについていちいち説明をつけることを好まない。ゆえに私には男が食べている魚も私自身が食べている肉の中身も知らないのだ。だがどうしても気になって問うてみると、口にしていた刺身を飲み込んだのち、男はニヤリと笑った。
「こいつは人魚の下半身さ」
「ほう。うまいかい」
「ああ、うまい」
 心の底からうれしそうに男は言った。あまりに満足げだったので思わず私も笑ってしまった。ぐい、とお猪口を空けると男が徳利で新しい酒を注ぐ。華やかな香りのする酒だ。そのわりにあっさりしていて肉の濃い味をするりと流す。口にすると鼻腔をその華やかな香りが抜けていってなんとも言えない素晴らしさがあった。
 新しい料理が運ばれてきた。小鉢に豆腐のような白い物が入っていた。新しい酒もきた。美しい給仕はそれを卓に置くと、丁寧に礼をして部屋を去った。
 私は興味津々にその小鉢を見た。白いものはどうやら豆腐ではないらしい。つつくと柔らかかった。男は既に箸でそれをすくって食べている。食わぬ私を不思議そうな目で見ていた。
「どうしたんだい、うまいぞ。これは」
「そうかい。それじゃあいただくとしよう」
 おそるおそる箸で崩すと、白いものはただ四角く固められていただけだったということが分かった。おそらくもとは四角くなかったに違いない。においはしなかったが濃厚な味がした。今まで食べたことのない味だ。肉のようにうまい、と手放しに言えるものではなかったが、なるほど、珍味と言えばそうかもしれない。酒にはよく合う味だった。
「ふむ、良いんじゃないかな。悪くない」
「そうだろう。君は話が通じて助かるよ。なかなか皆は認めてくれないんだ」
「ほう。なぜだろう」
「それはたぶん、人魚の脳味噌なんぞ食いたくないからだろうよ」
 なるほど、と私は思わず手をたたいた。確かにそれならば今まで食べたことがなくて当然だろう。同時にあまりのことに笑いたくなった。どこに人魚の脳味噌なぞ食べたい奴がいるのか。いや、ここにいるではないか、二人ほど。
「うん、酒のつまみに良いね。珍味だ」
「だろう。人魚は下半身だけじゃない。上半身もその脳味噌もうまいんだ」
「ほう、で、その上半身は?」
「君、寝ぼけているのかい」
 男は目を丸くして言った。
「君がさっきからつまんでいるその肉、何の肉だと思って食べているんだい」



 ぽつりぽつりと話しつつ食べては飲み、夜明け頃には宴は終わった。私も男も膨れた腹を笑いながら眠気に重くなった瞼をこすり、次に会う日を決めた。
「次は君の番だ」
 今回は男が宴を開いたので、次は私の番だ。
「悪食家の名に恥じぬものを頼むよ」
「任せてくれ。君の期待の斜め上のものを出してやろう」
 言い合って、私たちは別れた。
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