別に良いんじゃないかな、体売ったって。自分の体だし。親が泣くよ、と言っても親はこっちを見てくれる訳じゃないし。体売って金稼がないと生きていけないし。
そんなことを言うとたいていの人(男も女も)は変な顔、もしくは酷い顔をする。理解できない物を見る目。別に良いけど。そんな目で見られようが何だろうが、あんまり気にしないしする必要もないでしょう。
「金髪に染めたら?」
「金髪、ねえ」
「阿婆擦れっぽくて良いと思うよ」
そう言って男は笑った。阿婆擦れなんて、久々に聞いた言葉だ。昔はよくそう罵られたけど、この男の言葉は罵るニュアンスなんて全くなかった。むしろプラス方向に移動しそうで逆に怖い。あんまり教育にはよろしくない言葉なのにね。
そんなものになるつもりはほとんどなくて、生きることに精一杯の自分にはこれが限界だった。最良の選択ではないけれど最悪の選択でもないと思ってる。
そんなことを言うとたいていの人(男も女も)は変な顔、もしくは酷い顔をする。理解できない物を見る目。別に良いけど。そんな目で見られようが何だろうが、あんまり気にしないしする必要もないでしょう。
「金髪に染めたら?」
「金髪、ねえ」
「阿婆擦れっぽくて良いと思うよ」
そう言って男は笑った。阿婆擦れなんて、久々に聞いた言葉だ。昔はよくそう罵られたけど、この男の言葉は罵るニュアンスなんて全くなかった。むしろプラス方向に移動しそうで逆に怖い。あんまり教育にはよろしくない言葉なのにね。
そんなものになるつもりはほとんどなくて、生きることに精一杯の自分にはこれが限界だった。最良の選択ではないけれど最悪の選択でもないと思ってる。
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ねえ知ってます、纏足ってその足にみょうばんや砂糖を振りかけるらしいですよ。なんでっていう理由は聞いたことがないんですけど、多分腐らないようにじゃないかなあ。砂糖って腐らないんですよ。だからジャムとか砂糖を入れれば入れるほど長持ちするんです。豆知識。
だからあたしは足に時々砂糖を振りかけます。腐らないように。腐ってそこから体中が腐らないように。
両足のないあたしは家の中を移動するのに車いすを使いますが、正直車いすを使うのさえ面倒なことがあります。そう言う時は床を這いずり回るんですけど、これって端から見たら異様ですよねえ。髪の長い女が両腕で床を掻いてずりずり家の中を移動してるんですよ。どこのホラー映画なんだか。
あたしが床を這いずり回るのは決まって暇な時で、そう言う時は好きな本を読んでも映画を見てもまったく面白くない、そう言う時です。あたしは昔のあたしの部屋に行きます。そこは今はもう倉庫になっています。あたしが両足を無くした日から、あの人はあたしに新しい部屋を用意してくれました。ほら、歩けないから。階段上るの辛いだろうと言うことで、あたしの今の部屋は一階にあります。まあ、時間かければこんな風に、二階に行けるんですけどね。
その部屋は、足があった頃のあたしの残骸ばかりが転がっています。オープントゥのパンプスとか、ブーツとか、ジーンズとか、ストッキングとか、ソックスとか。転がっている黒いローファーを最後に履いたのはいつのことでしょうか。思い出す必要は全くないんですけど。
あたしはその残骸を見る度に、寂しいような、嬉しいような、恍惚に似た感覚を覚えます。でもそれはとても気持ちが悪く、すぐ酷い吐き気を覚えるのです。
だからあたしは、そのたびに急いでキッチンへと降りて、砂糖を自分の、既にふさがった切断痕になすりつけるのです。腐らないように。傷跡から変な物が入り込んで体を腐らせないように。残骸に侵されないように。
だからあたしは足に時々砂糖を振りかけます。腐らないように。腐ってそこから体中が腐らないように。
両足のないあたしは家の中を移動するのに車いすを使いますが、正直車いすを使うのさえ面倒なことがあります。そう言う時は床を這いずり回るんですけど、これって端から見たら異様ですよねえ。髪の長い女が両腕で床を掻いてずりずり家の中を移動してるんですよ。どこのホラー映画なんだか。
あたしが床を這いずり回るのは決まって暇な時で、そう言う時は好きな本を読んでも映画を見てもまったく面白くない、そう言う時です。あたしは昔のあたしの部屋に行きます。そこは今はもう倉庫になっています。あたしが両足を無くした日から、あの人はあたしに新しい部屋を用意してくれました。ほら、歩けないから。階段上るの辛いだろうと言うことで、あたしの今の部屋は一階にあります。まあ、時間かければこんな風に、二階に行けるんですけどね。
その部屋は、足があった頃のあたしの残骸ばかりが転がっています。オープントゥのパンプスとか、ブーツとか、ジーンズとか、ストッキングとか、ソックスとか。転がっている黒いローファーを最後に履いたのはいつのことでしょうか。思い出す必要は全くないんですけど。
あたしはその残骸を見る度に、寂しいような、嬉しいような、恍惚に似た感覚を覚えます。でもそれはとても気持ちが悪く、すぐ酷い吐き気を覚えるのです。
だからあたしは、そのたびに急いでキッチンへと降りて、砂糖を自分の、既にふさがった切断痕になすりつけるのです。腐らないように。傷跡から変な物が入り込んで体を腐らせないように。残骸に侵されないように。
僕とあの子が学校を飛び出したのは、冬に近付き始めた、ある秋の夜のことでした。
僕はセーターを、あの子はカーディガンを、それぞれ制服の上に着て、同じ色のリボンを学校に行く時のようにしっかり結びました。あいかわらずあの子はリボンを結ぶのが苦手で、僕は笑いながらそれを直してあげたことを覚えています。
それが、僕が最後に見たあの子の姿でした。
カラスアゲハと名乗ったその人は素晴らしい魔女であるという。どこら辺が素晴らしいのかというと、とにかく素晴らしいのだという。しかし困ったことに、僕には彼女が普通の人間にしか見えなかった。柔らかな色のセーターを着た、長い長い黒髪の、多分僕とそんなに年の変わらない少女のような魔女だった。
僕の手にはボロボロのリボンがあった。魔女の傍にはリボンのようにボロボロの体があって、つまりそれはそういうことだった。
それはそれは、素晴らしい魔女だという。
僕はセーターを、あの子はカーディガンを、それぞれ制服の上に着て、同じ色のリボンを学校に行く時のようにしっかり結びました。あいかわらずあの子はリボンを結ぶのが苦手で、僕は笑いながらそれを直してあげたことを覚えています。
それが、僕が最後に見たあの子の姿でした。
カラスアゲハと名乗ったその人は素晴らしい魔女であるという。どこら辺が素晴らしいのかというと、とにかく素晴らしいのだという。しかし困ったことに、僕には彼女が普通の人間にしか見えなかった。柔らかな色のセーターを着た、長い長い黒髪の、多分僕とそんなに年の変わらない少女のような魔女だった。
僕の手にはボロボロのリボンがあった。魔女の傍にはリボンのようにボロボロの体があって、つまりそれはそういうことだった。
それはそれは、素晴らしい魔女だという。
こんな夢を見た。
一面真っ白な雪景色だった。白い地面が広がり、頭上には星が瞬いていた。月のない夜だというのに不思議と目の前が見えた。
私の目の前には、一人の老人がいた。老人は優雅な形をした、古びた椅子に腰掛けチェロを構えていた。吐く息が雪色になる寒さだというのに、老人は手袋の一つもつけず弓を手にしてた。
老人は私を見ると、まあそこに座りなさい、と、同じような形をした椅子を指さした。やわらかな雪を踏みしめてその椅子に座った。老人の目の前に、心地よい距離をおいて置かれた椅子は優しく私を受けれた。
私が座るのを待っていたかのように、老人は弓を動かし静かにチェロを弾き始めた。雪が降り積もる静かさを思わせる、美しい音だった。老人が弾き始めると、星が散らばる藍色の空に美しい虹が架かった。夜の虹だった。
あれは橋なのだと私には分かった。大きな虹は青空で見るものよりも色鮮やかだった。あの虹は空を渡るための橋なのだ。気づけば地面を覆っていた雪は溶け、水に変わり、せせらぎを生む川の流れになっていた。私の足下も老人の足下も澄んだ水に浸かっていたが、不思議と冷たくなかった。
遠くから人の声が聞こえた。声は次第に近づきまた遠くなっていった。頭上の橋を渡っていったのだった。
「何故、橋を架けるのですか」
「彼らはこの川を渡れないのです」
「こんなにも浅いのに」
「浅いからこそです」
チェロを弾きながら老人は答えた。足首が埋まるか埋まらないか、それほど浅い川の流れだった。
「あの橋を渡ると、どこに行くのですか」
「渡る者が行きたいところへ、行くことが出来ます」
「それは、会いたい人の隣に行くことも出来るのでしょうか」
ひときわゆっくり弓をひきながら老人は笑った。
「そう思ったから、あなたはここにいるのでしょう」
言われてああそうですね、と私は答えた。私はこの老人と、遙か昔にもう一度会う約束をしていたのだった。老人の架ける虹を渡って私はここにきた。私は渡る者だった。そうしてようやく、希った人のいる場所へたどり着くことが出来たのであった。
空の端が明るみ始めた。藍色が青色へ変わっていく中、たった一つの星が輝いていた。夜明けがくる。
一面真っ白な雪景色だった。白い地面が広がり、頭上には星が瞬いていた。月のない夜だというのに不思議と目の前が見えた。
私の目の前には、一人の老人がいた。老人は優雅な形をした、古びた椅子に腰掛けチェロを構えていた。吐く息が雪色になる寒さだというのに、老人は手袋の一つもつけず弓を手にしてた。
老人は私を見ると、まあそこに座りなさい、と、同じような形をした椅子を指さした。やわらかな雪を踏みしめてその椅子に座った。老人の目の前に、心地よい距離をおいて置かれた椅子は優しく私を受けれた。
私が座るのを待っていたかのように、老人は弓を動かし静かにチェロを弾き始めた。雪が降り積もる静かさを思わせる、美しい音だった。老人が弾き始めると、星が散らばる藍色の空に美しい虹が架かった。夜の虹だった。
あれは橋なのだと私には分かった。大きな虹は青空で見るものよりも色鮮やかだった。あの虹は空を渡るための橋なのだ。気づけば地面を覆っていた雪は溶け、水に変わり、せせらぎを生む川の流れになっていた。私の足下も老人の足下も澄んだ水に浸かっていたが、不思議と冷たくなかった。
遠くから人の声が聞こえた。声は次第に近づきまた遠くなっていった。頭上の橋を渡っていったのだった。
「何故、橋を架けるのですか」
「彼らはこの川を渡れないのです」
「こんなにも浅いのに」
「浅いからこそです」
チェロを弾きながら老人は答えた。足首が埋まるか埋まらないか、それほど浅い川の流れだった。
「あの橋を渡ると、どこに行くのですか」
「渡る者が行きたいところへ、行くことが出来ます」
「それは、会いたい人の隣に行くことも出来るのでしょうか」
ひときわゆっくり弓をひきながら老人は笑った。
「そう思ったから、あなたはここにいるのでしょう」
言われてああそうですね、と私は答えた。私はこの老人と、遙か昔にもう一度会う約束をしていたのだった。老人の架ける虹を渡って私はここにきた。私は渡る者だった。そうしてようやく、希った人のいる場所へたどり着くことが出来たのであった。
空の端が明るみ始めた。藍色が青色へ変わっていく中、たった一つの星が輝いていた。夜明けがくる。
あたしは人に食べられたいのですが、しかしそうは言ったって、人を食べる人ってそんな簡単に見つかりませんよね。ちなみに食べられるって性的な意味じゃなくて、口に入れられる方。あれそれもなんかエロい気がする。よく分からん。とにかく食べられたい。人を食べてみたいって人がいらっしゃいましたら、ええ、是非あたしにご連絡を。喜んで食べられに行きます。でも痛いのはちょっと苦手なので、あんまり痛くない方向でお願いします。
冗談。
半分、冗談。
半分本気です。人に食べられてみたい。そう思います。それは見知らぬ誰かじゃなくて、自分の知ってる人に食べられたい。だからちょっと人を食べてみたいと思ってあたしに連絡しようとしたあなた、アウトです。お友達からって言われても無理です。あたしのキャパシティーオーバーなので。食べられたいっていうのは、血もそうかもしれません。無駄にだらだらと流しているまっかなまっかなあたしの血には、きっとそれだけたくさんの栄養が詰まってるから、誰かの栄養になればいいのにとかよく思います。もちろんあたしの知ってる人の、欲を言えばあたしが大好きな人のね。
あたしはきっと誰かに食べられ消化されて、その人の栄養になりたいんですね。献身的なのかも。献身する方向が激しく間違ってる気もするけど。でも、自分が誰かの役に立てたらこれ以上ないくらいに幸せじゃないですか。その人が生きていくことに直結するならなおさらそう思うんですよね。
あなた、あたしがなんでこんな話をしているのか、不思議に思ってるでしょ。そんなあなたにすっごく大切なヒントを一つ。
あたしには両足がありません。
はい、あたしのさっきまでの言葉とあたしの両足、これで想像できなかったら悪いんですがあなたはそうとうのバカかと。
ええ、賢いあなたは想像できたようですね。そう、あたしは自分の願い通り、人に食べられたのです。両足を。それはそれはおいしそうに。
なんで人の足って生えてこないんでしょうね。生えてくれば良いのに。そうしたら何度も何度も食べさせてあげられるのに。さすがに両腕なくすと何も出来なくなるので、生きたまま食べられるには両足が最低ラインってところでしょうか。
生きたまま食べられるっていうのが重要なんですよ。だって死んでから食べられたって意味ないじゃないですか。あたしはそれを知ることが出来ないんだもの。墓の前であなたの体は私が食べましたーって言われても、そりゃあたしに届くわけないでしょう。あたしはそこにいません、なんてね。
冗談。
半分、冗談。
半分本気です。人に食べられてみたい。そう思います。それは見知らぬ誰かじゃなくて、自分の知ってる人に食べられたい。だからちょっと人を食べてみたいと思ってあたしに連絡しようとしたあなた、アウトです。お友達からって言われても無理です。あたしのキャパシティーオーバーなので。食べられたいっていうのは、血もそうかもしれません。無駄にだらだらと流しているまっかなまっかなあたしの血には、きっとそれだけたくさんの栄養が詰まってるから、誰かの栄養になればいいのにとかよく思います。もちろんあたしの知ってる人の、欲を言えばあたしが大好きな人のね。
あたしはきっと誰かに食べられ消化されて、その人の栄養になりたいんですね。献身的なのかも。献身する方向が激しく間違ってる気もするけど。でも、自分が誰かの役に立てたらこれ以上ないくらいに幸せじゃないですか。その人が生きていくことに直結するならなおさらそう思うんですよね。
あなた、あたしがなんでこんな話をしているのか、不思議に思ってるでしょ。そんなあなたにすっごく大切なヒントを一つ。
あたしには両足がありません。
はい、あたしのさっきまでの言葉とあたしの両足、これで想像できなかったら悪いんですがあなたはそうとうのバカかと。
ええ、賢いあなたは想像できたようですね。そう、あたしは自分の願い通り、人に食べられたのです。両足を。それはそれはおいしそうに。
なんで人の足って生えてこないんでしょうね。生えてくれば良いのに。そうしたら何度も何度も食べさせてあげられるのに。さすがに両腕なくすと何も出来なくなるので、生きたまま食べられるには両足が最低ラインってところでしょうか。
生きたまま食べられるっていうのが重要なんですよ。だって死んでから食べられたって意味ないじゃないですか。あたしはそれを知ることが出来ないんだもの。墓の前であなたの体は私が食べましたーって言われても、そりゃあたしに届くわけないでしょう。あたしはそこにいません、なんてね。