ざくざくざくざく。
氷をかじる。氷を砕く。細かく細かく細かく細かく。もともと細かい氷をさらに刻む。かじる。口の中で溶けきる前に何度もかじる。じゃりじゃりとした感触は、食べたこともない砂に似ている。
くろさきぃ、と呼ぶと、灰色の浴衣を着た男が振り返った。片手には巾着袋を下げ、片手は幼い少女の手を握っていた。なんだよ、と言われて別に、と返す。安っぽいレモンの味はレモンとは思えないほどに甘い。口の中は黄色に染まっていることだろう。
ざくざくざくざく。
「ギンおねえちゃん?」
黒崎の右手をつかむ子供が問う。ギンコとこれっぽちも似ない妹は、不思議そうにギンコを見ていた。それに気づかないふりをして薄黄色い氷を口に放り込む。溶けることを許さないとでも言う勢いで、噛む。
黒崎は苦笑していた。巾着を下げた方の手で指し示したのは綿飴の屋台だった。リン、綿飴食べないか? 妹は素直にうなずいた。ピンクに流行の魔法少女がプリントされた綿飴をねだり、黒崎は微笑みながらそれを店の主に頼んだ。うれしそうなリンの、柔らかな帯が揺れる。端が桃色のそれは金魚のおびれのようだ。それは、少女の浴衣が華やかなオレンジだからかもしれない。ギンコは自分の姿を見た。赤地に柔らかな曲線と花が咲いた図柄の浴衣に山吹色の帯を締めている。祭りに浮かれる集団の一部にぶつかりそうになったが無視した。結果的にぶつかったがお互い視線を交わしただけだった。
ざくり。
店主から渡された綿飴の袋を、黒崎はリンに渡した。つないでいた手を離し、目に痛いほどのピンク色を抱えて妹は笑った。黒崎もまた笑い、整えられた髪型を崩さないよう慎重に少女の頭をなでた。
ちゃぷん。
もう氷の音はしない。手の熱で溶け出した氷はもはや液体で、それ以前にギンコの胃袋に九割近く収められていた。口の中だけではない、食道も胃も黄色く染まっていることだろう。そのうち血まで色が変わってしまうかもしれない。だったら青が良いなあとギンコはうそぶいた。
「くろさきぃ、次」
「腹壊すぞ。ブルーハワイ?」
答えは返さなかった。自分の思考を読まれたのか、うそぶいた言葉が届いていたのか。苦い顔で黒崎はかき氷屋に足を向けた。上機嫌のリンがそのうしろに続く。一人待つのもしゃくだったので、ギンコもきっちり五歩分離れてついていった。人の多い夏祭りの中で、不思議と前の二人がはっきり見えた。通りすがりのカップルが仲睦まじげに寄り添い歩いている。この暑い中ごくろうさん、といつもの毒を吐きそうになってこらえた。吐いたところできっと、聞こえないだろうとは分かっていたのだが。
自分が刻むよりも噛むよりも強い音を立てて氷は削られ細かくなっていく。見るからに体に悪そうな青色がたっぷりと器に注がれる。きらきらした目でリンがそれを見ていた。
差し出されたプラスチックカップを受け取り、空になったカップを前に置かれたゴミ箱に放った。黙々と氷を削り続ける店主に四百円払ったのは黒崎だった。大食いのこの男が、出店の多いこの場所で何も口にしていないのが奇妙だった。代わりと言わんばかりにギンコが食べるかき氷の代金を、リンが欲しがるリンゴ飴やお面やたこ焼きの代金を支払う。まるで下働きみたいじゃないかといつものように言おうとして結局言う気力はなく、ただうずたかく積もった氷の山を崩すにとどめた。
かけられた青色のシロップが氷の白色を全体的に青く染め、そうしてようやくギンコは氷を食らう。物欲しげなリンに一口差しだし、笑う少女にようやく笑い返し、食べることに集中する、ふりをする。こんなにも必死になってふりをし続ける自分を誰か笑ってくれればいいのに、心優しい少女は人を嘲ることを知らないし、男は淡々とした目でただこちらを見る。黒崎は表情や雰囲気から感情を読みとるのは簡単なのに、こう言うときに限っては目から読みとるのはなかなかに難しい。ふとこの男の目を抉りとることは出来ないだろうかと思った。そうしたら感情読解も楽になるのではないだろうか。
ざくざくざくざく。
ひらりと視界の端で桃色が踊った。ひれか、はたまた天女の羽衣か、揺れたのはリンの帯だった。ギンおねえちゃん、黒おにいちゃん、あれ見て、あれ。幼い指先が示したのは金魚すくいの屋台だった。そのとたん、黒崎の顔に活気が出てきた。ああそうか、と苦笑したのはギンコだった。この男は金魚すくいがとんでもなく上手いのだった。
ざく、ざく。
「金魚! 赤いの!」
「とるよ。何匹ほしい?」
「んー」
くい、とギンコの浴衣の袖を引き、見上げてきたのはリンだった。
「ギンお姉ちゃん、金魚、何匹いればさみしくないかなあ」
純粋さで輝いた目がただひたすらにギンコを見つめていた。手の中の冷たさをその一瞬だけ忘れギンコは考えた。ああそうか、一匹だと寂しいのだろう。では二匹はどうだろう。それもまだ寂しいかもしれない。では三匹は? 四匹は?
ブルーハワイは海の色をしている。
「たくさんいれば、寂しくないだろ」
もうすでに金を払いポイを手にした黒崎が、なんてことはないかのように言った。でもいっぱいいすぎても水槽狭くなっちゃうよ、と妹は必死の形相でしがみついた。それこそ海であればいいのに、とブルーハワイを見ながら思った。
もしかしたらここは海なのかもしれない。人に紛れながら考える。こんなにも広い場所なのに夏祭りの今だけはひどく息苦しい。人にぶつかる。ここは海なのかもしれない。しょせん広い海も増え続ける魚のせいで狭くなる。ああだからリンの浴衣の帯はおびれなのだ、とまったくどうでもいいことで納得した。自分も、リンも、黒崎も、しょせんは魚なのだ。泳ぐべき海で狭そうに間借りしているひとつの魚にすぎない。奇妙な話だ、皆着ている浴衣も顔も何もかも違うというのに、群れる魚と同じようにしか見えないのだ。似合わない浴衣に汗がしみこむ。
答えないギンコにしびれをきらしたのか、黒崎がポイを慎重に水に濡らした。彼ならばポイ一本で何匹でもとってみせるだろう。その隣にリンがしゃがみこんだ。お椀を片手に黒崎は言う。ちょうど良い数になったら言えよ。金魚が水槽の大きさにふさわしい数になったら、そこで止めるから、と。
だったら五匹が良い。夏の夜の暑さと祭りの熱気と手の温かさで溶けだしたかき氷をほおばる。がりり。ひときわ大きい氷をかじった。カナちゃんと、リンと、ゼンと、九条と、自分と、あまり家にいない両親は数に入れなくても怒られないだろう。これで五匹、五人分になる。すでに一匹捕まえた黒崎が、リンに言われて小さな金魚をねらっていた。リンと黒崎の楽しげな横顔が屋台の灯りに照らされまぶしかった。遊びにふける子供の表情は、リンだけではなく黒崎まで幼い頃に戻ってしまったように見えた。
ああそれならば、五匹では足りないかもしれない。
「なあ黒崎、俺、六匹が良いと思う」
「六匹?」
「んで、最後の一匹は黒な。けってーい」
赤い金魚たちから少し離れて悠々と泳ぐ、黒い出目金と目があった気がした。目から感情を読みとくのは、やはり難しい。
不機嫌なのは決して、祭に来たからではない。そもそも自分が不機嫌な理由などギンコ自身にも分からない。あるいは不機嫌ですらないのかもしれない。強いて言うならば、女らしさのかけらもない自分が随分と女々しい浴衣で着飾っていることだろうか。慣れない格好は随分と自分の気分をみじめにさせた。こんな似合わないの俺が着てどうするんだよ、うり二つの顔をしているはずなのにまるで別人のような双子の妹を思い浮かべた。彼女が着たならば、この浴衣もまた違ったかもしれないのに。
氷をかじる。氷を砕く。細かく細かく細かく細かく。もともと細かい氷をさらに刻む。かじる。口の中で溶けきる前に何度もかじる。じゃりじゃりとした感触は、食べたこともない砂に似ている。
くろさきぃ、と呼ぶと、灰色の浴衣を着た男が振り返った。片手には巾着袋を下げ、片手は幼い少女の手を握っていた。なんだよ、と言われて別に、と返す。安っぽいレモンの味はレモンとは思えないほどに甘い。口の中は黄色に染まっていることだろう。
ざくざくざくざく。
「ギンおねえちゃん?」
黒崎の右手をつかむ子供が問う。ギンコとこれっぽちも似ない妹は、不思議そうにギンコを見ていた。それに気づかないふりをして薄黄色い氷を口に放り込む。溶けることを許さないとでも言う勢いで、噛む。
黒崎は苦笑していた。巾着を下げた方の手で指し示したのは綿飴の屋台だった。リン、綿飴食べないか? 妹は素直にうなずいた。ピンクに流行の魔法少女がプリントされた綿飴をねだり、黒崎は微笑みながらそれを店の主に頼んだ。うれしそうなリンの、柔らかな帯が揺れる。端が桃色のそれは金魚のおびれのようだ。それは、少女の浴衣が華やかなオレンジだからかもしれない。ギンコは自分の姿を見た。赤地に柔らかな曲線と花が咲いた図柄の浴衣に山吹色の帯を締めている。祭りに浮かれる集団の一部にぶつかりそうになったが無視した。結果的にぶつかったがお互い視線を交わしただけだった。
ざくり。
店主から渡された綿飴の袋を、黒崎はリンに渡した。つないでいた手を離し、目に痛いほどのピンク色を抱えて妹は笑った。黒崎もまた笑い、整えられた髪型を崩さないよう慎重に少女の頭をなでた。
ちゃぷん。
もう氷の音はしない。手の熱で溶け出した氷はもはや液体で、それ以前にギンコの胃袋に九割近く収められていた。口の中だけではない、食道も胃も黄色く染まっていることだろう。そのうち血まで色が変わってしまうかもしれない。だったら青が良いなあとギンコはうそぶいた。
「くろさきぃ、次」
「腹壊すぞ。ブルーハワイ?」
答えは返さなかった。自分の思考を読まれたのか、うそぶいた言葉が届いていたのか。苦い顔で黒崎はかき氷屋に足を向けた。上機嫌のリンがそのうしろに続く。一人待つのもしゃくだったので、ギンコもきっちり五歩分離れてついていった。人の多い夏祭りの中で、不思議と前の二人がはっきり見えた。通りすがりのカップルが仲睦まじげに寄り添い歩いている。この暑い中ごくろうさん、といつもの毒を吐きそうになってこらえた。吐いたところできっと、聞こえないだろうとは分かっていたのだが。
自分が刻むよりも噛むよりも強い音を立てて氷は削られ細かくなっていく。見るからに体に悪そうな青色がたっぷりと器に注がれる。きらきらした目でリンがそれを見ていた。
差し出されたプラスチックカップを受け取り、空になったカップを前に置かれたゴミ箱に放った。黙々と氷を削り続ける店主に四百円払ったのは黒崎だった。大食いのこの男が、出店の多いこの場所で何も口にしていないのが奇妙だった。代わりと言わんばかりにギンコが食べるかき氷の代金を、リンが欲しがるリンゴ飴やお面やたこ焼きの代金を支払う。まるで下働きみたいじゃないかといつものように言おうとして結局言う気力はなく、ただうずたかく積もった氷の山を崩すにとどめた。
かけられた青色のシロップが氷の白色を全体的に青く染め、そうしてようやくギンコは氷を食らう。物欲しげなリンに一口差しだし、笑う少女にようやく笑い返し、食べることに集中する、ふりをする。こんなにも必死になってふりをし続ける自分を誰か笑ってくれればいいのに、心優しい少女は人を嘲ることを知らないし、男は淡々とした目でただこちらを見る。黒崎は表情や雰囲気から感情を読みとるのは簡単なのに、こう言うときに限っては目から読みとるのはなかなかに難しい。ふとこの男の目を抉りとることは出来ないだろうかと思った。そうしたら感情読解も楽になるのではないだろうか。
ざくざくざくざく。
ひらりと視界の端で桃色が踊った。ひれか、はたまた天女の羽衣か、揺れたのはリンの帯だった。ギンおねえちゃん、黒おにいちゃん、あれ見て、あれ。幼い指先が示したのは金魚すくいの屋台だった。そのとたん、黒崎の顔に活気が出てきた。ああそうか、と苦笑したのはギンコだった。この男は金魚すくいがとんでもなく上手いのだった。
ざく、ざく。
「金魚! 赤いの!」
「とるよ。何匹ほしい?」
「んー」
くい、とギンコの浴衣の袖を引き、見上げてきたのはリンだった。
「ギンお姉ちゃん、金魚、何匹いればさみしくないかなあ」
純粋さで輝いた目がただひたすらにギンコを見つめていた。手の中の冷たさをその一瞬だけ忘れギンコは考えた。ああそうか、一匹だと寂しいのだろう。では二匹はどうだろう。それもまだ寂しいかもしれない。では三匹は? 四匹は?
ブルーハワイは海の色をしている。
「たくさんいれば、寂しくないだろ」
もうすでに金を払いポイを手にした黒崎が、なんてことはないかのように言った。でもいっぱいいすぎても水槽狭くなっちゃうよ、と妹は必死の形相でしがみついた。それこそ海であればいいのに、とブルーハワイを見ながら思った。
もしかしたらここは海なのかもしれない。人に紛れながら考える。こんなにも広い場所なのに夏祭りの今だけはひどく息苦しい。人にぶつかる。ここは海なのかもしれない。しょせん広い海も増え続ける魚のせいで狭くなる。ああだからリンの浴衣の帯はおびれなのだ、とまったくどうでもいいことで納得した。自分も、リンも、黒崎も、しょせんは魚なのだ。泳ぐべき海で狭そうに間借りしているひとつの魚にすぎない。奇妙な話だ、皆着ている浴衣も顔も何もかも違うというのに、群れる魚と同じようにしか見えないのだ。似合わない浴衣に汗がしみこむ。
答えないギンコにしびれをきらしたのか、黒崎がポイを慎重に水に濡らした。彼ならばポイ一本で何匹でもとってみせるだろう。その隣にリンがしゃがみこんだ。お椀を片手に黒崎は言う。ちょうど良い数になったら言えよ。金魚が水槽の大きさにふさわしい数になったら、そこで止めるから、と。
だったら五匹が良い。夏の夜の暑さと祭りの熱気と手の温かさで溶けだしたかき氷をほおばる。がりり。ひときわ大きい氷をかじった。カナちゃんと、リンと、ゼンと、九条と、自分と、あまり家にいない両親は数に入れなくても怒られないだろう。これで五匹、五人分になる。すでに一匹捕まえた黒崎が、リンに言われて小さな金魚をねらっていた。リンと黒崎の楽しげな横顔が屋台の灯りに照らされまぶしかった。遊びにふける子供の表情は、リンだけではなく黒崎まで幼い頃に戻ってしまったように見えた。
ああそれならば、五匹では足りないかもしれない。
「なあ黒崎、俺、六匹が良いと思う」
「六匹?」
「んで、最後の一匹は黒な。けってーい」
赤い金魚たちから少し離れて悠々と泳ぐ、黒い出目金と目があった気がした。目から感情を読みとくのは、やはり難しい。
不機嫌なのは決して、祭に来たからではない。そもそも自分が不機嫌な理由などギンコ自身にも分からない。あるいは不機嫌ですらないのかもしれない。強いて言うならば、女らしさのかけらもない自分が随分と女々しい浴衣で着飾っていることだろうか。慣れない格好は随分と自分の気分をみじめにさせた。こんな似合わないの俺が着てどうするんだよ、うり二つの顔をしているはずなのにまるで別人のような双子の妹を思い浮かべた。彼女が着たならば、この浴衣もまた違ったかもしれないのに。
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暴食は罪らしい。それは日本で言う罪ではなく、宗教的な意味での罪であり、いわゆる七大罪の一つだ。講義でそんなことを言ってたんだと新田が言っていた。
それならば、自分がこうしてホームから線路に突き落とされることは罪に対する罰なのだろうかと黒崎は思った。強く押された背中はぐらりと前へ傾き貞享を飲み込めないまま線路に落ちた。痛かった。
ホームを見上げると、燃えるような目で見知らぬ女が黒崎を睨みつけていた。死んでしまえ、と、電車が来ることを告げるアナウンスに混じって聞こえた。
俺は何か、殺されなければいけないことをしたのだろうかと考えて、思いついたのが暴食だった。暴食というよりかは大食いと言った方が正しいかもしれない。昔から人一倍どころか二倍も三倍も食べなければ満たされない食欲の持ち主だった。
死んでしまえ、と女は言った。周囲の人々が何かを叫んでいる。電車が来る。憎悪か怒りか、激情に荒れ狂う目を見つめて黒崎は笑った。知るか、ばーか。
それならば、自分がこうしてホームから線路に突き落とされることは罪に対する罰なのだろうかと黒崎は思った。強く押された背中はぐらりと前へ傾き貞享を飲み込めないまま線路に落ちた。痛かった。
ホームを見上げると、燃えるような目で見知らぬ女が黒崎を睨みつけていた。死んでしまえ、と、電車が来ることを告げるアナウンスに混じって聞こえた。
俺は何か、殺されなければいけないことをしたのだろうかと考えて、思いついたのが暴食だった。暴食というよりかは大食いと言った方が正しいかもしれない。昔から人一倍どころか二倍も三倍も食べなければ満たされない食欲の持ち主だった。
死んでしまえ、と女は言った。周囲の人々が何かを叫んでいる。電車が来る。憎悪か怒りか、激情に荒れ狂う目を見つめて黒崎は笑った。知るか、ばーか。
1
ぽつり、ぽつりと雨が降る。最初はゆっくりと、次第に強くなり始める雨は冷たく冬の空気を孕んでいる。さっきまで見えていたはずの星はもう見えなかった。傘は持っていない。
さて自分は一体何をしたかったのだろうか。道の真ん中に立ち尽くして考える。いくらかの間隔をおいて立つ街灯から降るオレンジ色の光は優しくない。
2
そういうもんなのさ、と彼は笑った。
3
彼女には癖がある。好きになった男にマニキュアを塗らせるのだ。そしてそのあと、好きになった男は嫌いな男に変わってしまう。僕はそれを知っている。
彼女は真っ赤なマニキュアを手にしていた。両手と、両足。ただし左足は親指だけ塗られて他の指は元のまま、薄桃色をしていた。
4
首を絞める夢を見た。
恍惚、あるいは愉悦、あるいは背徳感。喜びに似た手で人の首を絞めていた。
チクショウ、頭から離れない。
誰かこのノイズを止めてくれ。
ぽつり、ぽつりと雨が降る。最初はゆっくりと、次第に強くなり始める雨は冷たく冬の空気を孕んでいる。さっきまで見えていたはずの星はもう見えなかった。傘は持っていない。
さて自分は一体何をしたかったのだろうか。道の真ん中に立ち尽くして考える。いくらかの間隔をおいて立つ街灯から降るオレンジ色の光は優しくない。
2
そういうもんなのさ、と彼は笑った。
3
彼女には癖がある。好きになった男にマニキュアを塗らせるのだ。そしてそのあと、好きになった男は嫌いな男に変わってしまう。僕はそれを知っている。
彼女は真っ赤なマニキュアを手にしていた。両手と、両足。ただし左足は親指だけ塗られて他の指は元のまま、薄桃色をしていた。
4
首を絞める夢を見た。
恍惚、あるいは愉悦、あるいは背徳感。喜びに似た手で人の首を絞めていた。
チクショウ、頭から離れない。
誰かこのノイズを止めてくれ。
冷たさと温かさを孕んだ空気を吸い込み、吐き出す。ボストンバッグを抱きしめ小さくなる。
乗る予定だったバスが停まっていた場所を恨みがましく見つめ、夏野は唇を尖らせた。春休み、一人で旅行に出た、その帰りのバスは夏野を乗せ忘れて行ってしまった。いや、確かに夏野を乗せたのかもしれない。夏野の名を騙った誰かを、だ。
ボストンバッグとは別に持っていたバッグは今、夏野の手にない。レストランでドリンクを取りに行った、その一瞬の間に、席に置いていたサブバッグを盗まれたのだ。戻ってきてそこにあるはずの物がないことに気付き、夏野は一瞬で青ざめた。ちょうどバスが出発する一時間前だった。幸か不幸かボストンバッグにはいくらか金を入れていたが、身分証明証や携帯電話、乗車券の類は全てサブバッグに入っていた。
急いで警察に向かったが、もともと旅先だったのが災いした。まず警察署を見つけることに時間が掛かった。迷いに迷ってそれでも到着せず、諦めてバス乗り場に向かったが、やはりその道中で迷い、結局バスは行ってしまった。あとに残されたのは着替えやお土産の詰まったボストンバッグを抱えた夏野という少女一人だった。
いくら恨みをこめてバス乗り場を見つめてもバスは戻ってこない。ボストンバッグを抱きしめたまま夏野はベンチに横になった。冬から春になり始めたとはいえまだ寒い。スプリングコートの襟元をかき寄せ、バッグからマフラーを取り出し首元に巻いた。手持ちの所持金は多くない。今夜をどう過ごすべきか考えたが何も良い案は出てこなかった。それどころか帰る方法すらない。高速バスで移動してきた道のりを、徒歩で行くとすればどれだけの時間が掛かるだろうか。
だが、と夏野は思う。自分は本当に、帰りたいのだろうか。
無理矢理染めて痛んだ髪の毛に触れる。明るい茶色をしてた髪の毛は、春休みに入って黒に染め直した。手首でキラキラ輝いていたブレスレットも、胸元で存在を主張していたネックレスも、素肌を隠していた化粧も今は何もない。もともと似合わない性分だったのだと取り払って自覚した。慣れないことをしても良いことはない。
かえりたくない、と小さくこぼすと、そうだ、帰りたくないのだと強く感じた。暴力をふるう父親の顔など見たくはないし、一人の女子高校生を演じる学校にも行きたくない。今、寒空の下にいる方がどれだけマシなのか考えるだけ無駄だ。
だが、夏野は十七歳の少女でしかなかった。夜中になってもこのままでいたら、もしかすれば何かに巻き込まれるかもしれないし、どれだけ嫌がっても帰らなければいけない。それが一層心を重くした。
かえりたくない、ともう一度言葉をこぼした時だった。
にゃあ。
乗る予定だったバスが停まっていた場所を恨みがましく見つめ、夏野は唇を尖らせた。春休み、一人で旅行に出た、その帰りのバスは夏野を乗せ忘れて行ってしまった。いや、確かに夏野を乗せたのかもしれない。夏野の名を騙った誰かを、だ。
ボストンバッグとは別に持っていたバッグは今、夏野の手にない。レストランでドリンクを取りに行った、その一瞬の間に、席に置いていたサブバッグを盗まれたのだ。戻ってきてそこにあるはずの物がないことに気付き、夏野は一瞬で青ざめた。ちょうどバスが出発する一時間前だった。幸か不幸かボストンバッグにはいくらか金を入れていたが、身分証明証や携帯電話、乗車券の類は全てサブバッグに入っていた。
急いで警察に向かったが、もともと旅先だったのが災いした。まず警察署を見つけることに時間が掛かった。迷いに迷ってそれでも到着せず、諦めてバス乗り場に向かったが、やはりその道中で迷い、結局バスは行ってしまった。あとに残されたのは着替えやお土産の詰まったボストンバッグを抱えた夏野という少女一人だった。
いくら恨みをこめてバス乗り場を見つめてもバスは戻ってこない。ボストンバッグを抱きしめたまま夏野はベンチに横になった。冬から春になり始めたとはいえまだ寒い。スプリングコートの襟元をかき寄せ、バッグからマフラーを取り出し首元に巻いた。手持ちの所持金は多くない。今夜をどう過ごすべきか考えたが何も良い案は出てこなかった。それどころか帰る方法すらない。高速バスで移動してきた道のりを、徒歩で行くとすればどれだけの時間が掛かるだろうか。
だが、と夏野は思う。自分は本当に、帰りたいのだろうか。
無理矢理染めて痛んだ髪の毛に触れる。明るい茶色をしてた髪の毛は、春休みに入って黒に染め直した。手首でキラキラ輝いていたブレスレットも、胸元で存在を主張していたネックレスも、素肌を隠していた化粧も今は何もない。もともと似合わない性分だったのだと取り払って自覚した。慣れないことをしても良いことはない。
かえりたくない、と小さくこぼすと、そうだ、帰りたくないのだと強く感じた。暴力をふるう父親の顔など見たくはないし、一人の女子高校生を演じる学校にも行きたくない。今、寒空の下にいる方がどれだけマシなのか考えるだけ無駄だ。
だが、夏野は十七歳の少女でしかなかった。夜中になってもこのままでいたら、もしかすれば何かに巻き込まれるかもしれないし、どれだけ嫌がっても帰らなければいけない。それが一層心を重くした。
かえりたくない、ともう一度言葉をこぼした時だった。
にゃあ。
もしもメルヘンティックメランコリックを単体としたら、また黒友みたいなのをやっても良いんじゃないだろうか。
あるいは、黒崎中心の大学生四人組話。
・黒崎
・下の名前は不明。
・大学生、英語と数学が出来ないので、おそらく文学部国文学科とかそんなん。
・やるんだったら近代文学研究。
・バーテンのアルバイト中。
・人脈が異常に広い。
・大食い。
・実家には帰らない。父親と仲が悪い、というより父親を一方的に嫌っている。
・妹二人いるけど一人は同じ歳。
・駅のホームで線路に落とされる
・私と契約してトルソーになってよ!
・深夜のコンビニにて、羽住と吉田と
・授業談義
・綺堂と
・ありりんと
・新田と
・ちょwwおまwwww
あるいは、黒崎中心の大学生四人組話。
・黒崎
・下の名前は不明。
・大学生、英語と数学が出来ないので、おそらく文学部国文学科とかそんなん。
・やるんだったら近代文学研究。
・バーテンのアルバイト中。
・人脈が異常に広い。
・大食い。
・実家には帰らない。父親と仲が悪い、というより父親を一方的に嫌っている。
・妹二人いるけど一人は同じ歳。
・駅のホームで線路に落とされる
・私と契約してトルソーになってよ!
・深夜のコンビニにて、羽住と吉田と
・授業談義
・綺堂と
・ありりんと
・新田と
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